50代が泣ける映画
硫黄島からの手紙
大谷 昭宏
登場人物のひとり、栗林中将(渡辺謙)が洞窟で「天皇陛下万歳!」と手を上げる場面があります。このとき、中将は両腕を半分しか上げていない。
「洞窟が狭かったからかな」
そう私は思っていました。しかし、後で渡辺さんと話す機会があったので聞いてみると、それが全く違っていたことが分かった。そのとき、初めてグッと泣けてきたんです。
なぜ半分だけだったのか。それは、栗林中将の戦争に対する複雑な胸中を表すものだったんです。
中将には戦局の行方が見えていた。自分の運命も分かっていた。この戦争はおかしい、だれがここまで事態を悪化させたんだ、と考えていたはずです。しかし、そんなこと口にできる時代ではない‥‥‥。反戦派ではなく、愛する家族を、祖国を守りたいと考えていた中将が、表に出せない感情を態度にして表したのが、“手を半分だけ”だったんです。
別の場面では、こういうシーンがあります。アメリカ軍が上陸するのに、自分たちに援護射撃がないことを知った中将は、急きょ作戦を変更して壕を掘る。それは「これで少しでも時間を稼げれば、大本営が戦争を終える決断をするだろう。そうすれば、本土にいる国民を、大切な家族を守ることができるんじゃないか。そのためにも(壕を掘り)ここを死守しなければならない」という理由から。玉砕するのではなく、ひとりでも多くの兵士を生き延びさせて、時間を稼ごうとする。ここにも中将の強い思いが表れています。
いかに戦争がおろかで、おろかな人たちが仕切っていたことか‥‥‥。あの時代の人たちが好戦的だったわけでも、喜んで玉砕したわけでもないことが、栗林中将の人間味あふれる演技で、十分すぎるほど感じさせられたのです。中将が、壕の中で飢えてボロボロになっているのに、最後まで子供たちに絵手紙を書いていたシーンは、今でも心に焼きついています。
(日刊ゲンダイ 08年8月5日付けより/インタビュー・田中響子さん)
|