兄の執念がなかったら…
− 猟奇殺人事件ほんのわずかな光 −
強烈な腐臭、クーラーボックスに入った9人の頭部、そぎ落とされた人肉、ごみに出された内臓。半世紀近く事件取材をしてきて、こんな残忍な大量殺人はもちろん初めてだ。
自殺願望をツイッターに書き込んだ東京・八王子市の女性(23)が行方不明になって白石隆浩容疑者(27)の神奈川県座間市のアパートの部屋からバラバラにされた9人の遺体が発見された事件で、報道を聞いて顏をしかめない人はまずいない。だが、そんな事件の中に、ほんのわずか、かすかな光を見いだしている。
適応障害のある妹を大事にしていた兄が、妹の自殺願望の書き込みに気づいていち早く高尾署に相談。これを受けて、東京では珍しく山岳警備隊のあるこの署が機敏に動いてくれた。
兄がアカウントから白石容疑者と接触したとみられる自殺願望の女性を特定。高尾署は即刻、SNSを使って女性に危害を加える特異犯罪と判断、昨年の警視庁からの通達に基づいて本庁生活安全部に連絡した。
安全部は、まず行方不明女性の身柄の安全確保を念頭に捜査員を投入。高尾署とタッグを組んで、兄が割り出した女性に協力を求めてSNSの男を小田急町田駅におびき出して“面割り”。男のアパートに踏み込んだ捜査員によって、前代未聞の猟奇殺人が発覚する。この兄の執念と迅速な捜査がなかったら、犠牲者は一体どのくらいになっていたか。
とはいえ、高尾署と生活安全部の見事な連携の裏には、じつは忘れてはならない苦い経験があった。昨年5月、小金井市のライブハウス近くで、女子大生ミュージシャンがSNS上でストーカー行為を繰り返していた男に襲われる事件があった。女子大生は地元の警察署に相談していたのだが、警察官は殺される恐れを訴える女子大生にメモも取らずに対応。事件後、女子大生が手記を発表したことから、警視庁は厳しい批判にさらされた。
だが、この批判に警視庁はまことに真摯に対応した。女性や未成年者に被害が及ぶケース、SNSを使用、そしてストーカー的行為─。これらはすべて本庁対応としたのだ。今回はその反省が実を結んだと言えまいか。
でもなあ、こんな当たり前のことに光を見つけないとやってられないほど、この事件はどす黒いということか。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2017年11月7日掲載)
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