愛媛県警の「引き急ぎ」
− 任意聴取の女性が自殺 −
「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」。もとは江戸時代の剣術の達人の言葉だが、野球ファンには名将ノムさん、野村監督の名言として心に残っている。勝ちは不思議なことで転がり込んでくることはあるが、負けには必ず負けの理由がある―。
ここしばらく、この名言が何度も胸に浮かんだ。愛媛県今治市で81歳と92歳の女性が相次いで殺害された事件で県警が任意で調べた30代の女性が翌朝、自殺しているのが見つかった。連休明けには、広島中央署という県警最大規模の警察署の金庫から8572万円という大金が盗まれた。
どちらも警察の大失態、赤っ恥、弁解の余地はない。新聞、通信社から次々コメントを求められ、こう言い切ったのだが、広島はともかく愛媛県警は、なんといまだに「捜査は適切だった」と言い張っている。無反省、傲慢、ただの意地っ張り。こんな姿勢こそが、警察に何度も同じ失敗を繰り返させているのではないか。
愛媛の失態は、捜査員や私たち事件記者が言うところの典型的な「引き急ぎ」。81歳女性の事件で自殺か他殺か、もたもたしているうちに92歳の事件が起きて焦りに焦った。いわばエラーでランナーを出してしまったところに、また強烈な打球が来た。落ち着いて処理すればなんということもないのに、あわてて変な体勢で放った球が大暴投。とんでもないことになった。
たしかに、地方都市を襲った連続殺人。一刻も早く市民の不安を取り除きたいという気持ちはわかる。だけど第2事件では同時に切りつけられた息子の目撃証言もある。さらにDNA鑑定、防犯カメラ映像。これらの証拠がそろった段階で十分に逮捕状が取れる。なのに証拠も固めずに呼んでしまった、これぞ引き急ぎなのだ。
県警は証拠を積み重ねることで、被疑者死亡で書類送検できるとしている。だけど、ご遺族のなぜ、うちのおばあちゃんだったのか、犯人は、一体どんな目的で、という無念の思いは消えない。どれほど積み重ねようとも、証拠が動機を語ってくれることはないのだ。
声高に非難する気はない。だが県警はすべてが終わった段階で、ご遺族のためにも事件をしっかり検証してほしい。負けに不思議な負けなし。四国に不思議な県警あり、では困るのだ。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2017年5月16日掲載)
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