笑顔の輪が広がる「小さな村の物語」
− 「みんなの命輝くために」講演25年 −
好きな番組のひとつに、BS日テレの「小さな村の物語 イタリア」(土曜日午後6時〜)がある。森の木からコルクを作ったり、アルプスの観光客を迎えたり、ヒツジを飼って暮らす、何ごともない静かな日々。
11月半ば、いまは前橋市になったかつての群馬の小さな村、粕川で、ふと、この番組が胸に浮かんだ。村の小学校で先生をしていた桃井里美さんにお願いされて「みんなの命輝くために」のタイトルで最初に講演をしたのが1991年。この秋でじつに25回目の講演だ。もちろん同じ場所に25年も通い続けているのは、この旧粕川村しかない。
講演会の前に、紅茶とサンドイッチ、手作りクッキーに、なぜかおでんと豚汁のささやかな記念の懇親会。25年間「またお会いしました」という人にまじって必ず新しい顏がある。
Y子さんは、東京で発達障害の子どもをサポートするNPOのスタッフ。何年か前にひとりの男の子の支援で壁に突き当たってしまった。そのとき突然、浮かんだのが「小学校のとき、担任してもらったわけでもない桃井先生の顏だったの」。
すがる思いでパソコンで検索すると、なんとヒットしたのは「大谷さんのエッセーだったのです」。自分でポスターも作って全校卓球大会を呼びかけた特別支援学級の男の子。ときには癇癪を起こして放り出しそうになるこの子をさりげなく応援する桃井先生。ふたりの熱い思いを描いた私のエッセーにY子さんはなつかしい「桃井先生」を見つけたのだ。「それからはまるで追っかけ」。エッセーに書かれた学校から転勤先、そのまた先と追っていってとうとう何度も相談に乗ってもらうことになった。
講演の時刻が迫って移動した控室。桃井さんが「噂をすれば、とは、まさにこのこと」と言って紹介してくれたのは、なんとあの卓球少年のお父さん。その彼は春に専門学校を卒業して非正規ながら就職も決まり、この秋には雇用も延長になったという。「すごいなあ」「もともと頑張り屋さんだから」。笑顔の輪がどんどん広がる。
その夜、私は東京に戻らず珍しく近くのホテルに泊まった。先生と子ども、そして応援する大人たち。この「小さな村の物語」のそばに、少しでも長くいたかったような気がするのだ。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2016年11月29日掲載)
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