震災から生まれたおつき合いを大切に
− 熊本を訪ねて −
テレビ局の出演者ロビーで女性アナウンサーが「私もこれ、もらいましたよ」と、大きな油揚げをバッグから取り出してきた。「そうか、きみもあのおばあちゃんに会ったのか。そのお揚げ、ほんとにうまいぞ」。
連休中に取材で訪ねた熊本県西原村の布田地区。75歳の堀田ジツ子さんは全壊した家の前にテントを張り、ガスこんろで煮炊きしながら近所の人と肩を寄せ合って暮らしていた。
夕暮れの食事時にお邪魔すると、さあ、みなさんも一緒に、と紙の取り皿とお箸が配られた。だけど、被災した方たちの夕ご飯。それに、何かにつけて批判されることの多い私たちマスメディア。テレビ局のスタッフはだれも箸を動かそうとしない。
その目の前に大きなお揚げと豆腐が並んだ。「きょう水道が通って豆腐屋が再開したとです。阿蘇の山水の水道で作ったけん、そりゃ、うまかとです」。
じゃ、遠慮なく、とショウガしょうゆで食べたお揚げのうまいのなんのって。それにセリのおひたしやタラノ芽のあえ物にキャラブキ。どれも珍しくておいしい。いつの間にかテレビクルーの箸も忙しく動いている。
その何日かあとに訪ねた局の違う女性アナに、おばあちゃんは「大谷さんが、そりゃ、おいしそうに食べてくれたけん」と、ポリ袋にドンとお揚げを入れておみやげにくれたというのだ。アララ、被災地ですっかりごちそうになったことがバレてしまった。だけど、それでいいじゃないか。
おむすび1つも行き渡らない被災者の前で取材陣が弁当を広げる愚は決して犯してはならない。と同時に、心を込めて勧めてくれたものに箸をつけない、これほど非礼なことはない。
思い起こせば東日本大震災で被災した南三陸の漁師さんとショウガしょうゆで食べた取りたてのワカメ。中越地震で土砂に店を流された仏壇屋さんが贈ってくれる笹団子。どれも素朴だけど、まことにおいしい。もちろん災害はあってはならないことだが、こうして被災地に遠い親戚のような方ができる。末永くそんなおつき合いを大事にしたい。
とはいえ、わが家ができるお返しは秋口、妻のふるさと徳島のスダチを送ることぐらい。でもね、あのお揚げにはスダチしょうゆも合うんじゃないかな。いまからそんなことを思っている。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2016年5月24日掲載)
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