「困った、困った」とただ頭を抱えている場合じゃない − 相次ぐ高齢者び交通事故 −
福岡県みやま市で、93歳の高齡女がミニバイクに乗った16歳の高校生をはねて逃走、ひき逃げ容疑で逮捕された。93歳の逮捕も珍しければ、この女、猛スピードで車をぶっ飛ばすので地元では有名な“暴走ばあさん”。加えて事故後、証拠隠滅までしていたというから、そんな話題性ばかりが報道されている。
だけど、16歳の少年は、いまも意識が戻っていない。助かってほしいと願うばかりだが、後遺症も心配だ。厳しい言い方かもしれないが、こんな身勝手な高齡者に人生をズタズタにされたのではたまったものではない。その少し前に宮崎市で、数日前まで認知症で入院していた73歳の男の車が暴走、2人が死亡、4人が重軽傷を負ったばかりだ。
高速道路の逆走に、ブレーキとアクセルの踏み間違い。毎日のように起きる高齢者の事故に「困った、困った」と頭を抱えている場合ではないのではないか。こんな高齢者が車を乗り回すのを黙ってみていた家族になんの責任もないのか。結果として、莫大な損害賠償は家族に降りかかってくるのだ。
「そうは言っても、国が高齢者に免許を持たせているじゃないか」というなら、その制度を変えたらいい。たとえば65歳を過ぎたら免許取得時と同様、実技、法令の試験を実施。そのほか既往症や反射神経もテストしたうえで、あらためて免許を交付する。高齢者には過酷に映るが、歩道を歩いている人が車にはねられる社会の方がおかしいのだ。
車がないと動きがとれない地方のお年寄りはどうするのだ、という意見も当然ある。だけど、欧州のほとんどの国は運転免許を1度交付したら、高齡になるまではそれっきり。日本のように3〜5年ごとに更新させている国はない。
社会の安全のために必要というのなら、更新のたびにかかる数千円、国全体で1000億円にもなる、そのお金を高齢者の移動のための助成金に使ったらどうだ。病院やスーパーへの無料巡回バス、タクシー会社の高齢者割引。疲弊する地方経済の活性化にもつながるはずだ。
危ないお年寄りには免許を持たせない。昼下がりの駅前歩道で車にはねられた人たちの無念に、ICUで懸命の闘いを続ける若い命に、私たちの社会は、応える義務がある。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2015年11月10日掲載)
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