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科学 フラッシュアップ


科学に対する傲慢と謙虚
− 名張毒ぶどう酒事件 −

 ここ1、2週間、ノーベル賞の相次ぐ受賞、W杯ラグビー日本チームの大活躍。楽しくて、うれしいニュースを伝えながら、一方で私の胸の奥にずっと澱のようなものがついていた。
日刊スポーツの実際の記事画像
 「名張毒ぶどう酒事件」の死刑囚、奥西勝さんが4日、八王子医療刑務所で亡くなった。享年89。獄中生活はじつに43年に及んだ。

 事件は1961年、三重県名張市の公民館の地区懇親会で出されたぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡。奥西さんが、いったんは「女性関係を清算するため、ぶどう酒に農薬を入れた」と自供。だが、その後一貫して無実を主張。1審津地裁は無罪判決。後に最高裁で死刑が確定したが、弁護団は混入された農薬や酒瓶の王冠の歯形、乏しい物証から疑問点をあぶり出して再審を繰り返し、第7次請求で1度は開始が決定したものの同じ名古屋高裁が決定取り消し。亡くなったときは第9次再審請求中だった。

 今後請求を引き継ぐ妹さん(85)と弁護団が報道陣に公開した奥西さんの死顔は、死してなお無実を訴えるようにカッと口を開いていた。

 「針の穴にラクダを通す」とまでいわれるほど例のない日本の再審開始決定。だが、裁判所は「事件があった54年前にくらべて飛躍的に進歩した科学捜査。その力を借りて、もう1度、裁判をやってみよう」となぜ言えなかったのか。

 逆にいえば、足利、布川、袴田事件。ここ数年の間に再審開始となった事件はDNA鑑定の結果だったり、音響技術の発達で判明した録音テープの改ざん。科学技術に真実を突きつけられて、裁判所が言い逃れも抗弁もできなくなった事件に限られているではないか。

 それは言い換えれば、科学が真実を突きつけてこない限り、裁判所は、たとえ死刑囚の訴えでも、かたくなにはねつけるということではないのか。人の命に、そして科学に対して、これほど傲岸傲慢な態度があるか。

 アフリカの子どもたちに囲まれて「科学は人の役に立つためにあるの」とほほ笑む方。「科学は新たな発見と一緒に新たな疑問を連れてくる。でもそれは、また後輩が解決してくれるでしょう」と穏やかに話す方。敬虔で謙虚な2人のノーベル賞学者。

 人に、そして科学に対して、ふた通りの姿勢を見せつけられた、ここ1、2週間だった。

(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2015年10月20日掲載)



名張毒ぶどう酒事件(Wikipedia)
 https://ja.wikipedia.org/wiki/名張毒ぶどう酒事件
完璧な法医学は存在するか?科学捜査と法廷の光と闇 | sign
 http://sign.jp/ee78e06c
日本人のノーベル賞受賞者(Wikipedia)
 https://ja.wikipedia.org/wiki/日本人のノーベル賞受賞者


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