「怪しい」だけで有罪にするわけない
— 「平成の毒婦」と騒ぐが —
「裁判の結果、1人も殺していない。無罪ということだってありますよ」。テレビでこうコメントすると、「ええっ、こんなに怪しげな状況なのに」と、のけぞる司会者がいる。
京都府向日市の筧(かけひ)千佐子容疑者(67)が昨年12月、籍を入れて1カ月の夫、勇夫さん(75)に青酸化合物を飲ませて殺害したとして京都府警に逮捕された。千佐子容疑者は、これまで4回結婚していずれも夫と死別。そのほか交際していた男性も含めて、周辺で少なくとも6人の男性が死亡、数億円ともいわれるそれらの男性の遺産を相続していた。
直木賞作家、黒川博行さんの近著、「後妻業」と、この事件はうり二つ。新聞もテレビも逮捕前の千佐子容疑者のインタビューを交えて、「平成の毒婦」と呼ぶところまで出る騒ぎ。だけど私は、この事件は難事件中の難事件だと思っている。
一部の男性の遺体から青酸化合物が検出された以外、何の物的証拠もない。周辺の男性が早死にし、遺産が千佐子容疑者に転がり込んだからといって殺人事件とする根拠はまったくない。私は「こんなに怪しいのに」と、驚く人に「ならば、いまの段階で検察官がどんな起訴状が書けるか考えてみて」と申し上げている。
<被告人筧千佐子は、夫(あるいは交際中の男性)を殺害することを企て、平成○年○月○日○時ころ、○○宅○○において、平成○年ころ、○○から窃取、その後同人が所持していた青酸化合物○グラムを○に混入。被害者に○○と偽って飲用させ、もって急性薬物中毒死させたものである>
いまの段階で、この○の部分はどれ1つ埋まっていない。こんな起訴状で裁判所が有罪にするわけがない。といって私は千佐子容疑者無罪を主張しているわけではない。だけど、捜査にとって「怪しい」なんて言葉は何の足しにもならない。それほど厳格なものなのだ。
京都府警が捜査、結果無罪となった舞鶴の女子高生殺害事件の元被告が先日、大阪で殺人未遂事件を起こし、多くの人が事件の捜査に疑問を抱いたばかり。今度こそ、だれもが納得できる結果が出せるのか。司法の威信をかけて、崖っぷちをはい登る捜査は、いまが胸突き八丁だ。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2014年12月2日掲載)
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