新人クンがんばれ、みんなを裏切るな
— 集まり散じ…異動の季節 —
日ごろ一緒に仕事をさせてもらうことが多いテレビ局は、人事異動の季節。そんな時期、通信社の静岡支局の若い記者から、夜も遅い時刻にコメントがほしいと電話があった。
覚醒剤取り締まりをめぐる、やらせ捜査が県内の所轄署で起きたという。事件のいきさつを聞きながら、「ところでキミ、その所轄署は県のどこにあるの?」「ハア、浜松の方だと思うのですが、詳しくは知らなくて…」。聞いてる私はカックン。「キミ、いくらなんでも人に話を聞くのに、それは…」と言いかけると、若い記者は「す、す、すいません。じつはぼく、まだここに来て1カ月足らずで、その前はテレビ局のカメラマンをしてまして。覚えておられないでしょうが、大谷さんとも、何度か仕事させてもらいました」。
聞けば、カメラマンからどうしても記者職になりたくて異動を願い出たが実現せず、思い切って通信社の中途採用の道を選んだという。「そうだったのか。キミの大先輩の女性カメラマンのMさんとは東日本大震災の取材を一緒にさせてもらって、随分と世話になっているんだ」。
そのMさんこそが、彼の局内でのお師匠さん。手取り足取り一から教えてもらったという。
「局を辞めたいと言ったときには、なんのためにあなたに何もかも教えてやったんだ、と引き止められるというより、すごい勢いで叱り飛ばされました」
送別会が開かれた局に近い麻布十番の深夜の路上。仲間からは「この場でMさんに土下座して謝れ」の大合唱。「でも、最後はMさんとぼくをまん中にして、記念写真を撮ってくれて。そのときの写真は心が折れそうになったときに見ようと、カバンに大事にしまっています。いまのところ、お世話になってはいませんけど」。
当たり前だ、まだ1カ月だろ、という言葉をのんで、最初のカックンはどこへやら。「そうか、Mさんの愛弟子だったのか。がんばれよ。みんなを裏切るなよ」。
♪集まり散じて人は変われど 仰ぐは同じき理想の光 いざ声そろえて…
その夜、もう何十年も口ずさんだことのない母校の校歌の一節が、なぜか胸に浮かんでくるのだった。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2014年6月24日掲載)
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