お遍路さん傷つけ何になる
— 止まらぬ“ヘイトスピーチ” —
吉野川の水がぬるむころになると、川辺の菜の花畑に沿って歩く、菅笠、白衣姿のお遍路さんの姿が新聞の地方版を飾った。私の新聞記者としての初任地は徳島である。そして弘法大師のお引き合わせでもないだろうが、私の妻は徳島の出身。四国八十八霊場18番札所、立江寺のすぐ近くで生まれ育った。
いまも折に触れて、幼いころのお遍路さんのお接待の話をすることがある。金剛杖を片手に霊場に急ぐお遍路さん。その姿を見ると、誰彼なしに少しばかりのお菓子と熱いお茶や麦茶でもてなし、ときには5円10円とお小遣いのお金を手渡していた。そんな話を聞くと、こちらの心もほんわかと暖かくなってくる。そういうふるさとを持ったことをうらやましく思う。
だけど、ここ数日、そんな思いに土足で踏み込まれた気持ちになっている。お遍路道に「朝鮮人たちが気持ちの悪いシールを貼り回っています。見つけ次第はがしましょう」などと書かれた紙が貼られていたという。お遍路さんの良さを海外に広めようと活動している韓国人女性に対する嫌がらせとみられ、徳島だけではなく、香川、愛媛でも貼り紙が確認されている。
東京の新大久保や大阪の生野で行なわれている「朝鮮人を叩き出せ」といったヘイトスピーチは、これまで何度も報道してきた。だが、これから五月晴れのもと、新緑の季節に向かうお遍路道にまでもと思うと、心を黒雲が覆う。
お遍路さんには、もちろん四国の四季折々を楽しもうという方もいる。だが、愛する人の死、親しかった人との別れ、あるいは悔やみきれない自らの所業…。傷ついた心を少しでも癒そうという方が数多くいる。その人たちの道すがら、なお人の心を傷つけることをして一体、何になるのだ。
いま、近隣の国々との間がギクシャクしていることは確かだ。その多くが誤解であることも事実だ。だが、それを逆手に取って、あしざまにその国をののしる一部の政治家。こちらが嫌悪感を催す文言で、それらの国の人々をあげつらう週刊誌など一部のメディア。今回の件は、この流れと決して無関係ではあるまい。そんな人々にあえて問いたい。「こんなことをしてあなたの心は少しでも癒されたのですか」。菅笠に書かれた「同行二人」は、いつも弘法大師と一緒の意味。お遍路道でお大師さまが泣いている。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2014年4月15日掲載)
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