警察 検察 裁判所の不正試合
— 袴田巌さん釈放 —
姉の秀子さん(81)には何度かお目にかかった。弁護団のみなさまにも随分とお世話になった。だが、48年前に獄につながれた袴田巌さん(78)の姿を映像で見るのは、もちろん初めてだった。「よかったですね」という言葉の前に、万感の怒りが沸いてくる。
「国家機関が無実の個人を陥れ、45年以上拘束し続けたことになり、到底耐えがたい」として、静岡地裁は袴田事件の再審開始即、袴田さんの釈放を決定した。この言葉が出るまで、この国の司法はなぜ48年もかかるのか。この決定で何より意味があるのは、袴田さんの血が付着したとされる半袖シャツをはじめとする物証は捏造されたものと断じ、「捏造する必要と能力を有するのは捜査機関」として、警察がこれらの証拠を自分たちで作り出し、袴田さんを死刑判決に追い込んだと言い切ったことだ。
それにしても許しがたいのは、46通の自白調書のうち1通を除く45通はでっち上げとして証拠不採用にした一審・静岡地裁も検察も、とっくに証拠類の捏造に気づいていた。だが、名もない一市民を死刑台に送ることに、毛ほどの痛みも感じていなかった。処刑してしまえば、全てを闇に葬れると思っていた。
忘れられない光景がある。秀子さんのお宅には、日本フェザー級6位のプロボクサーだった袴田さんの試合を知らせる色あせたポスターがずっと貼られていた。はっきり言ってこの時代、世間では、まだ「ボクサー崩れ」という言葉が平気で人々の口から出ていた。事件をでっち上げる警察にとっては、まことにありがたい風潮だった。
それに真正面から立ち向かってくれたのが、ファイティング原田さんや輪島功一さんたち、日本のプロボクサーだった。練習熱心で高校時代には国体にも出場。気がやさしくて、どちらかと言えばシャイな袴田さんがあんな事件を起こすはずがない。「ボクサー同士のかばい合い」という世間の冷たい目にもかかわらず、署名活動やチャリティイベントを開いては支援資金を作り出してくれていた。
決して司法に詳しいわけではない。ボクサーたちはただ、偏見のない公正なジャッジを望んでいただけなのだ。だが、実は試合は採点ミスではなかった。仕組まれた不正試合だったのだ。警察、検察、裁判所。かかわった人々を、血ヘドを吐くまで、リングでのたうちまわらせてやりたい。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2014年4月1日掲載)
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