命 希望…人間が生きていく罪深さ
— 「夢は牛のお医者さん」順次公開 —
首もとを暖かく、さわやかな風が吹き抜けていくような映画を公開前にDVDで見せてもらった。「夢は牛のお医者さん」。テレビ新潟が27年間追い続けたドキュメンタリー番組がローカル局では珍しく映画版になって、3月末から東京や地元新潟で劇場公開される。私にとって、春の訪れのような話だ。
民間放送連盟の地区番組審査の委員をお引き受けした10年前、この「夢は―」に出合って、心打たれるどころか、しびれてしまった私は当然、地区の連盟賞に推薦したのだが、なぜか賞を逃した。以来、私は、この作品の押しかけ勝手連応援団。「最高の作品だ」「日本中の子どもに見せてほしい」と、あちこちで言ってまわり、小学校や中学校から問い合わせがあるたびに、局の迷惑も顧みずテレビ新潟に取り次いでいた。それが劇場映画版に。子牛が立派な成牛に育った心持ちだ。
新潟の豪雪地帯、松代町(現十日町市)の山あいの小学校。3年生だったとき、高橋知美さんの同級生はわずか9人。その年、新入生はなく、かわりに強子(つよし)をはじめ3頭の子牛が入学してきた。ブラッシングや敷き藁の掃除。知美さんは強子の尻尾をつかんで散歩をさせるのが得意だった。牛と遊び、牛のお腹を枕にして昼寝をする子どもたちの顔のステキなこと。
だが、やがて知美さんたちより先に牛たちの卒業のときがやってくる。3頭に卒業証書を読み上げながら泣きだしてしまう子。このとき、知美さんの胸に将来は牛たちのためのお医者さんになろうという希望が芽生える。「大人になったらケーキ屋さん」といった程度の子どもの夢と思っていたテレビ局も、それが本気と知ってずっとカメラを回し続ける。あれから27年、ローカル局だから、いや、ローカル局にしか出来ない仕事だ。
中学を出て下宿生活をしながらの高校時代。知美さんは競争率13.5倍の難関を突破して、岩手大農学部獣医学科に。6年後、国家試験も通った知美さんの獣医師としての仕事先は上越家畜診療所。あの強子を貸してくれた畜産農家も管内だ。だが、知美さんたちの仕事は、わが家のワンちゃんがお世話になっている獣医師さんの仕事とは違う。牛も豚も人間が乳を飮み、肉を食べるための経済動物だ。それを承知で雪深い管内を診療器具を抱えて走りまわる。連盟賞審査から10年、知美さんは2児のお母さんになっていた。
命、夢、希望、そして人間が生きていくことの罪深さ。ここには子どもたちに知ってほしいことが、みんな詰まっているような気がする。3月29日ポレポレ東中野などから順次全国公開。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2014年3月25日掲載)
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