今の大阪の先生は気の毒でみておれんのや
— 強権リーダーは民衆をどう思っているのか —
いつものように東京で仕事をしていると、大阪の事務所から「元大阪府警捜査1課の坂本さんという方からお電話がありました」と連絡があった。折り返し電話をすると「いまじゃ要介護2で車イス生活やけど、これだけは昔のまんまや」と言う通りのなつかしい大声が聞こえてきた。
「わしも、もう86歳や。テレビで大谷ちゃんを見ているうちに、どうしても聞いてほしゅうなってな」
もう40年も前、坂本さんは私の事件記者時代の捜査1課員。といっても、いわゆる刑事(デカ)ではなく、1課庶務係の巡査部長。刑事のように殺人事件の現場に駆けつけたり、人質の救出に当たるといった派手な仕事ではない。いわば後方支援。大きな事件のときの食事や宿泊施設の手配、所轄署との連絡、警察庁への報告といった縁の下の仕事。55歳で早期退職、それからは、大阪市内の中学で子どもたちの柔道指導に専念、自身も8段の腕前を持つという。
「いや、ほかでもない。そこで、ほんまにええ先生方と子どもたちと出会ったんや。先生と子どもは、合わせ鏡。いい先生のところにはいい子どもがおる。けどな、市長が代わりはってから、いまの大阪の先生方は気の毒で見ておれんのや」と言う。
大阪市は橋下市長の目玉政策で、主に小中学校の校長の半数を民間から公募。今年度は民間から34人採用予定のところ20人が合格した。だが、うち8人が「元の勤務先と折り合いがつかない。」「世間の期待が大きく、自信がない」といった理由で辞退してしまった。「地道に先生を勤め上げて、いよいよ校長と思ってたら、それを民間に取られ、揚げ句にその半分はやっぱりやめたじゃ、あんまりやと思ってな」
凶悪犯の太夫(大阪府警で犯人のこと)を挙げるわけでもない。派手にワッパ(手錠)をはめたこともない。来る日も来る日も、連絡調整。ときにはデカさんのわがままも聞いてきた捜査1課の下支え。そんな坂本さんは退職後、子どもたちと学校の道場で汗まみれになってすごした。それを見守ってくれた先生方。だが、その先生方を取り巻くいまの状況に、なんともやり切れない思いがしているのだ。
もちろん校長の公募制が悪いとは言わない。だが、1人のリーダーが状況も把握せず、我が思いを強行する。公共放送のトップに立った高揚感からか、思いつくままを滔々と述べて組織の信頼を揺るがす。他国との軋轢(あつれき)を自らの手で解決するすべもないまま、ただ、己が信念を振りかざす。そこには組織を、国を、下支えしている人々への思いがみじんもないような気がするのだ。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2014年2月4日掲載)
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