猪瀬さん、潔く辞任しなさいませ
— 「借金」に事実も証拠もない —
このパソコンで猪瀬直樹東京都知事(67)のことを書くとなると、なんとなく皮肉なものを感じる。私のパソコンのキーボードは平仮名親指変換。いわばガラパゴス中のガラパゴスである。私の師匠、黒田清さんと、その後、お二人の親交は途絶えたと聞いているが、猪瀬さんの師匠、本田靖春さんが親しかったことから、もう25年以上も前、猪瀬さんを交えて、よく新宿をうろついた。そのころ猪瀬さんが「あんなに便利なものはない」と言って薦めてくれたのが当時、まだあまり普及していなかったワープロ。それが富士通の親指変換だった。
価格はなんと70万円。だが、これがなかなかのスグレもの。私は20年以上使い続け、指が覚えてしまったので、パソコンに換えたいまもボードは親指変換という苦肉の離れ業。薦めてくれた猪瀬さんもまた、この親指変換で大宅賞を受賞した「ミカドの肖像」や「ピカレスク太宰治伝」など数々の作品を世に出した。どの作品も徹底した実証主義。彼がよく口にするファクト(事実)とエビデンス(証拠)に裏付けされた労作であることは誰もが認めるところだ。
その猪瀬さんが徳洲会からの5千万円はもらったものではなく借りたものだという証拠に、徳田毅議員から郵送されてきたとする「借用証」なるものを出してきたのを見て、怒るというより悲しくなってきた。押印もなければ、無利子、無担保。何より返済期限が書かれていない借用証は借りた証拠にはならず、逆にもらった証拠になってしまう。
それでも本物の借用証と言い張るのなら、なぜ郵送されてきたときの封筒を一緒につけないのだ。貸金庫に入れる際、わざわざ封筒から出して紙1枚入れる人は、そうそうおるまい。それに封筒には当然、消印がついている。加えてこんな大事な証書を普通郵便で送るとは考えにくい。最低でも簡易書留か配達証明郵便にするはずだ。その封筒がついていないという「事実」もまた、金はもらったという「証拠」になってしまう。
猪瀬さんが取材者の立場だったら、こんな言い訳は即刻、はねつけたはずだ。それとも数々の作品はこんなユルイ取材で書き上げたということなのか。それらの作品群のためにも猪瀬さん、もうこれ以上、みじめな言い訳はおやめなさい。楽しく遊んだ黒田さんも本田さんも鬼籍に入られてしまったいま、せんえつながら私が親指変換のパソコンでこう書くしかない。
猪瀬さん、潔く知事を辞任しなさいませ。もはや、あのお金を「親切な人からの借金」とする「事実」も「証拠」も何一つないのだから。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2013年12月3日掲載)
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