生き残った者が語るべきこと
— スマトラ島沖地震と東日本大震災 —
「日本の方々にぜひ、見ていただきたい。でもつらかったら、どうぞ途中で席を立って下さい」。モデルになったスペイン人の女性が静かにそう語りかける映画がいま、全国公開されている。
スペイン・アメリカ合作映画、「インポッシブル」(ナオミ・ワッツ主演)だ。4月、公開に先立って来日した、この映画のモデル、マリア・ベロンさんを囲んだトークイベントのコーディネーターをさせていただいた。
ご主人の仕事の都合で横浜に住んでいたマリアさん一家5人は2004年12月、クリスマス休暇をタイのプーケットで過ごしていた。そこに襲ってきたのが死者22万人を出したスマトラ島沖地震。巨大津波に呑み込まれ、大怪我をしたマリアさんは、夫と2人の息子と離れ離れになり、自身はいま医学生になっている長男ルーカス君の助けで何とか病院に運び込まれ、野戦病院のような一室で死線をさまよう。そんなマリアさんとルーカス君を必死に探し求める夫と2人の息子。あれ以来、家族の間で「できない」という言葉が消えたという一家は、ついに再会を果たす。
映画は事実を克明に追い、巨大津波が人々を襲うシーンは何万㌧という水を使って特殊撮影したという。ロケの現場にも立ち会ったマリアさんは「一時は心的ストレスに陥るのではと危惧したこともありました。でも途中から、これこそが私のリハビリだと思えたのです」。そして「映画はお産のようなものでした。それはそれは苦しくて。でも、産んでみたらみなさんの役に立つ、とってもいい子の4番目の息子」。そう言ってニッコリ笑うのだった。
そんなマリアさんも、22万人の死を前に、一時は自分だけ生き残ってしまったことに苛まれる日々が続いたという。そんなマリアさんにルーカス君が語りかけた。
「ママ、生き残ったことの意味を考えるのはやめようよ。生きていることが素晴らしいんだから」。その言葉にマリアさんはハッとする。「亡くなった方は、いくら語りたくても語れない。ならば私たちが語っていかなければならない。そう思うようになったのです」──
日本での公開に議論があったこの映画。マリアさんは来日中、被災地、石巻にも足を運んだという。
だが、遅れに遅れる復興。未だ30万人近くが仮設住宅暮らし。そんななか、復興予算のあきれ返った使われ方。議論を深めることもなく、前のめり、前のめりに進められる原発再稼働。私たちはいま、語れなかった方々に代わって、その方たちが本当に語りたかったことを語っているのだろうか。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2013年6月25日掲載)
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