何かのため何かを捨てる そこから踏み出せないか
— 南三陸町「しろうお祭り」取材で思う —
初夏の東日本大震災の被災地を取材してきた。宮城県南三陸町。山々は若葉に覆われ、裾野は八重桜が満開。5月の東北は、本当に美しい。
その南三陸伊里前で漁師をしている千葉正海さん(56)、拓さん(28)親子から、「5月には『しろうお祭り』がある。ぜひ来てくれっちゃ」とお誘いを受けての楽しい取材だった。歌津の海に注ぎ込む伊里前川には毎年この時期、しろうおが遡上(そじょう)してくる。シラス干しにするシラウオより一回り大きく、透明だけど少し茶色がかったハゼ科の魚。それを千葉さんたち漁師が下流からザワと呼ばれる石積みの堰をいくつもこしらえ、箱型の網に誘い込む。網を揚げると陽光に映えたしろうおがピチピチと跳ねて、これもまた実に美しい光景だ。
川辺でパック詰めにして、軽トラックで漁港近くに仮設店舗が並ぶ福幸商店街にピストン輸送する。「しろうお祭り」の幟(のぼり)がはためく会場では待ちかねた人が列を作り、その場で酢醤油(すじょうゆ)を垂らした踊り食い、お吸い物、かき揚げの天ぷらも楽しめる。そのどれもがうまいのなんのって。
とは言っても、私たちは、しろうおを食べに南三陸まで行ったわけではない。このお祭り、千葉さんたち漁師と商店の人たちが、がっちり手を握って実現したのだ。あの津波で、伊里前だけで47人の方が亡くなった。県は今後の安全のため、川岸を含めて高さ8.7メートルの防潮堤の建設を予定。
だが、そんな城壁のような防潮堤ができたら、川岸の石の隙間に卵を産みつけるしろうおの姿は翌年には見られなくなってしまう。千葉さんたちはそれを危惧している。その一方で、商店街の人たちは一刻も早く防潮堤を作ってほしいと願う。仮設店舗のままでは客足は遠のいてしまう。
そうしたなか開かれたこのお祭り。しろうお漁をする漁師と、会場設営の商店主が手をとりあって初めて実現するものなのだ。「しろうお漁を残すにはどうしたらいいのか」「商店街を寂れさせないためにはどんな方法があるのか」。千葉さんたちも商店主たちも、そんな話し合いの第一歩になればと願っている。
歩き疲れて会場のベンチに腰掛けながら、唐突に俵万智さんのエッセーを思い出した。中国・西安を旅した万智さんが「ここには日本が失くしてしまったものがある」と言うと、連れのご婦人が「いいえ、失くしたのではないの。捨ててきてしまったのよ」。
何かのためには、何かを捨てる。そんな生活から私たちは一歩踏み出せないものか。来年、取材がなくても、この「しろうお祭り」を訪ねてみたいと思っている。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2013年5月28日掲載)
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