「逆風」猪瀬知事に読んでほしい
— 水を差された東京五輪招致 —
石原知事の時代から、都政というより都知事の政治姿勢に批判的なことを言ってきた私が、「いつから宗旨がえしたんですか」と疑問を投げかけられながら「2020年オリンピックを東京に」と、あちこちでコメントし続けてきた。内向き内向きになる日本。それに、国民の半数以上が1964年のあの東京オリンピックのときには生まれていなかった。これは寂しい。ひとつ明るく、爽やかにオリンピックをやろうじゃないかというわけだ。
その東京オリンピック招致に当の猪瀬知事がとんでもない水を差してくれた。招致活動の行動規範を逸脱して、他の立候補都市を誹謗する発言をしたことはご存じの通り。だけど、いまここで旧知の猪瀬さんの悪口を言ったり、恨み事を並べる気はない。なんだか、同じ次元に立ってしまうような気がするのだ。と言うより、そんな気にさせないステキな本に出会った。
伊集院静さんの著書、「逆風に立つ〜松井秀喜の美しい生き方」(角川書店)。おととい引退セレモニーと国民栄誉賞の授賞式があった松井選手。大好きな選手のことを、大好きな作家が書いたのだから、一気に読み通した。
この作家をして、「美しい生き方」と書かしめる松井選手。その松井選手のたっての希望で実現した伊集院さんとの対談。そのときのことにふれた一節。
<「君は一度も人前で人の悪口を言ったことはないの?」「はい、ありません」。対談を見守っていた編集長も、カメラマンも驚いた表情をしている>
実は、中学2年生だった松井選手は父と夕食をとっていたとき、友だちの悪口を言った。すると父は食事を中断して「人の悪口を言うような下品なことをするんじゃない。いまここで二度と人の悪口は言わないと約束しなさい」。それ以来、松井選手は人の悪口は言っていないという。
<「先生も本の中に、人を中傷するような文章はいけないと書いていらっしゃいました」「それは文章の中のことです。ペンは武器より強いですからね。ただ権力にむかっては別です。ところで松井君は悪口を言いたい時はないのですか。たとえばバッティングフォームをけなされたときとか」。「言いたい時は……」そこでしばらく黙った後「山ほどあります」。そう言って彼はニヤリと笑った。そこにいた全員が笑いだした。それでも私は初対面の若者が十一年間、人前で他人の悪口を一度も口にしていないことは信じられた>
松井選手の美しい生き方を描いたさわやかな書、「逆風に立つ」が、読書家でも知られる猪瀬知事の書棚に並んでほしいと思っている。
(日刊スポーツ「フラッシュアップ」2013年5月7日掲載)
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