苦い経験乗り越え汚名そそぐ見事な作戦
— 愛知豊川信金立てこもり事件 —
少し時間がたってしまったが、22日に起きた愛知県豊川市の豊川信金蔵子支店人質監禁立てこもり事件について書いておきたい。13時間ぶりに犯人の無職長久保浩二容疑者(32)が逮捕されたあとになったが、私も現場を取材した。ひと口に言って、このたびの愛知県警のオペレーション(作戦)は、過去の苦い経験を克服した見事なものだったというのが私の思いだ。
2階建てのこじんまりした支店の建物のぐるりを回って、まず思い出したのが、1979年に起きた三菱銀行(当時)北畠支店の猟銃人質監禁事件だった。銀行をはじめ金融機関は、どこも外部からの侵入を防ぐために要塞のような造りになっている。それだけに内部にたてこもられると、突撃は困難を極める。さらに今回の犯人の要求は「野田内閣を総辞職させろ」という荒唐無稽なもの。これでは交渉の糸口さえつかめない。
さらに、人質になった人は当初は顧客の女性を含めて5人。その後、この女性が解放されて4人になったが、人質4人を怪我もなく一斉に保護するのは非常に難しい。加えて犯人はサバイバルナイフを常に人質に突きつけていた。じつはナイフを持った犯人は拳銃所持の犯人より扱いが難しい。拳銃はよほど使い慣れた犯人でない限り、緊張状態のなかで命中させることはめったにないし、闇雲に発砲しても当たる確率は低い。対してナイフは、身柄拘束時に振り回されると殺害されたり、大怪我をする人質が出かねないのだ。
こうした困難が立ちふさがるなか、愛知県警は弁当の差し入れなど、犯人の要求を一つ飲むかわりに人質を一人解放させるといった捜査の常道を踏まえつつ、突入の機会をうかがい、犯人が緊張状態を保てる限界と言われる12時間をすぎた直後に行動を開始、無傷で犯人を逮捕するとともに、人質全員を保護した。作戦は大成功と言える。
愛知県警は2003年、名古屋の軽急便会社の監禁爆破事件で、この会社の社員と県警機動捜査隊員の計3人が死亡、2007年には、長久手の拳銃所持犯たてこもり事件で県警SAT(特殊急襲部隊)の若い隊員が射殺されるという苦い経験をしている。その後、今回突入したSIT(捜査一課特殊班)をはじめ、訓練に訓練を重ねてきたという。この事件では、その成果が出たと言えるのではないか。
2012年は警察不祥事が続発した。だが、そんな汚名をそそぐ最大の方策はこうした見事な作戦ではないのか。「警察におまかせするしかなかった。いまは、ただただ感謝しています」という信金理事の言葉が、心に残る。
(日刊スポーツ・西日本エリア版「フラッシュアップ」2012年11月27日掲載)
|