人となりを澄んだ目で見よう
— 森口氏のiPS細胞移植騒動 —
日本の経済人が、あるときアメリカの企業を訪問、幹部とミーティングすることになった。社長以下現れたのは、なんと30人。そのうち29人の肩書は「副社長」だった。訪問団が目を丸くしていると、案内役の社員が耳打ちしてくれた。「The title is cheaper than the money」(金を払うより肩書をつけた方が安上がりだからね)。
虚言、妄言、妄想の森口尚史氏(48)の、世界初のiPS細胞移植騒動も一段落ついてみればバカバカしいのひと言だった。ただ、この騒ぎの間、私の頭にあったのは、この訪米経済人が経験したエピソードだった。
ハーバード大学客員講師、マサチューセッツ総合病院フェロー、東大先端科学技術研究センター協力研究員、同客員助教、東大特任教授……、森口氏が名乗った肩書の主なものを抜き出しただけでも、これだけある。ハーバード大に東大、こんな触れ込みと巧言にコロリと騙されて、私の出身、読売新聞までも彼の「世界初」を一面トップで報じて天下に赤っ恥をさらした。
テレビで各界の方々と同席してたびたび戸惑うのは、この肩書というものだ。ナントカ大学教授というならわかりやすい。だが、特任教授に客員教授、なかには招聘教授なんて人もいる。ナントカ研究所というのも、やっかいだ。少々名前を聞いたことのある銀行や生保の総合研究所はまだしも、ナントカ法人総合研究所主任研究員だの上席研究員といわれても、ジャーナリズム界の末席を汚したことしかない私には、何をしている人かさっぱりわからない。
いつだったか、やはりナントカ総研上席研究員とやらの方と同席したが、この人、どんな義理があるのか知らないけど、「関西空港の発展なしには関西の発展なし。即刻、伊丹を廃港にして、関空に集中すべし」と憑かれたようにまくし立てる。
大阪府民の私が「利便性から考えて、それはムリ」と反論すると、「だから関西人は日本全体のことを考えない得手勝手な田舎者」とボロカスに言う。ゲンナリしながら聞いてみると、関西には一度も住んだことがないという。こんな人が全国数十か所の町や村おこしのコンサルタントをつとめて、各地で崇め奉られているという。なるほど日本中の地方が疲弊するはずだ。
先日来、橋下大阪市長の出自をめぐって喧しい。朝日新聞に対する取材制限にはとても賛成はできなかったけど、血筋や肩書ではなく、その人その人の人となりを澄んだ目で見て判断しようじゃないか。
見上げれば、秋の真っ青な空が広がっている。
(日刊スポーツ・西日本エリア版「フラッシュアップ」2012年10月23日掲載)
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