加計学園問題を考える
欠けている今治市の財政事情と大学経営の視点
吉富 有治
連日のように報道されている加計学園問題。森友学園問題のときのように、「資料は破棄した」「記録にない」と“忖度(そんたく)官僚”に答弁させていれば、このまま時間切れで逃げ切り、国民も忘れてくれるだろうと安倍晋三政権は考えていたのかもしれない。
ところが、今回は勝手が違ったようだ。野党は追及の手を緩めず、マスコミも新たな証拠資料や証言を次から次へと繰り出してくる。それまで政府には及び腰だったNHKまでが政権にダメージを与える報道を始めた。「首相のご意向」などと文科省に圧力をかけたことを疑わせる記録文書についても菅義偉官房長官は「怪文書」と言い放っていたが、世論に押されて再調査せざるを得なくなった。
変わってきたのは数字にも現れている。NHKが6月12日に報じた世論調査によれば、安倍政権を「支持する」と答えた人は先月より3ポイント下がって48%にまで落ち、初めて5割を切った。逆に「支持しない」と答えた人は36%と前回より6ポイントも上がっている。同じ世論調査で自民党も支持率を少し下げた。明らかに潮目が変わってきたようだ。
ところで、加計学園問題について愛媛県の加戸守行前知事が6月3日付けの読売新聞で反論を寄せていた。同紙のインタビューで加戸前知事は、「四国は獣医師が不足しており誘致につながった。加計学園ありきの話ではなかった」と語り、読売も「本質は獣医師不足」と見出しを掲げ、地元の要望があるから獣医学部の申請は正当化されるといった記事の構成になっていた。
愛媛県と今治市が獣医学部を誘致したい気持ちは理解できる。「獣医師不足を解消したい」という願いもウソではないだろう。だが、加計学園が獣医学部を新設することで一定数の獣医師を供給したとしても、肝心の需要がどこまであるかの裏づけは怪しい。6月1日の参院内閣委員でこの点を民進党の桜井充議員から問われた山本幸三担当大臣は、「(需要は)神のみぞ知る」と呆れた答弁をしていることからも、内閣府はまともな受給予測をしないまま申請を認可したことは明らかだ。
おまけに定員160人ものマンモス獣医学部(平均の約3倍)で教員をどう確保するかも問題になっている。そもそも、他の国公立・私大の獣医学部でさえ教員は不足する有り様。実績もない新設大学がまともな専門家を集められるかはかなり疑問だろう。
さて、加戸前知事のインタビューで心に引っかかったのは、大学さえ誘致すればなんとかなるといった発想である。詳細な受給予測がないまま獣医学部を誘致したことも甘い考えだと思うが、もし大学が経営難に陥って県から撤退することを少しは考えたのだろうか。
今治市の財政事情は良いとはいえない。自治体の総資産に占める借金の割合を示す実質公債費比率は12.8%と愛媛県ワーストワン(2015年度決算)。いまは早期健全化基準(25%)の範囲内とはいえ、同市の監査委員からも行財政改革の努力を求められている。加えて、今治市は合併特例債で箱モノ事業を進めてきたことや、今年開かれる愛媛国体の施設整備などで借金がさらに増えることが指摘されている。それなのに、約37億円の土地をタダで差し出し、愛媛県と折半とはいえ100億円近い校舎建設費をプレゼントするのは、いまの今治市の財政事情から見てかなりの冒険だ。もし獣医学部の誘致に失敗すれば、今治市の財政はさらに悪化する。
地方自治体が地域の振興のために大学を誘致する手法の1つに「公私協力方式」がある。自治体は土地や資金の一部を融通し、進出した大学も負担が軽くなるのでキャンパスを建てやすい。公私協力方式は相互にメリットがある反面、学生が集まらずキャンパスが撤退し、大学が倒産するなどの失敗例は過去にある。当然、カネと土地を出した自治体は大きな痛手を負う。
かつて三重県名張市では、役所と議会をあげて伊勢に本キャンパスを置く大学を誘致した。ところが恒常的に定員割れが続いて結局、その大学は撤退。公金を使って大学誘致に励んだ名張市だけが大損した。滋賀県や山口県など他県内の各市でも同様の問題が起こっていた。当時、この問題を月刊誌でルポした私は、公私協力方式で安易に大学誘致政策を進めてきた文科省を厳しく批判した。
人口流出による過疎化や地域経済の不振に頭を抱える地方自治体が再起をかけて派手に打ち上げ花火を飛ばし、どうにか地域振興につなげたい気持ちはわかる。ただ、人口変化や景気変動など将来予測を見誤ったままハコモノ建設や企業、大学を誘致すると、その時点で着工や誘致という成果が出たとしても、いずれ大やけどをする例など掃いて捨てるほどあるのだ。
加計学園問題で政府は、これまで関係省庁や業界の反対に遭って認可されなかった獣医学部の申請を、国家戦略特区の司令塔である安倍晋三首相のリーダーシップで岩盤規制を突破したと主張している。地元の熱意に応えたものだと説明する。しかし、地域振興に賭ける地方自治体の要望や熱意は必ずしも実のある成果に直結するものではない。もし失敗すれば公金が無駄に使われるだけである。だからこそ、慎重にも慎重を重ねる議論、確たる根拠に基づく将来予測が必要なのだが、私には加計学園問題ではこの点が決定的に欠けているようにしか思えない。
(2017年6月14日)
加計学園問題(Google ニュース検索)
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大学誘致+失敗(Google 検索)
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