米国の光と闇
トランプ大統領の就任式を取材(中)
吉富 有治
トランプ支持のマントをはおり、連邦議会を眺める支持者
大統領就任式はワシントン時間の1月20日午前、連邦議会議事堂で開かれた。この日、就任式に参加できない一般の人たちは、議事堂とワシントン・モニュメントの約2キロを結ぶ国立公園「ナショナルモール」に設置された複数の大型モニターでその様子を見ることができる。私もナショナルモールを目指し、いまにも雨が降り出しそうな空の下、早めに宿泊先を出発し地下鉄に乗った。
じつはその前日、一般参加の入場を妨害するため一部の反対派がナショナルモール付近でデモをおこなうかもしれないと地元のメディアが伝えていた。そこで、就任式会場に最も近い駅から2つ手前の駅で下車し、ここから会場までの約3キロを歩くことにした。会場付近の駅は群衆でごった返し、また参加者への妨害工作があるかもしれないと警戒したからである。
途中下車した駅から就任式会場まではずいぶんと離れているが、それでも道路は完全に封鎖され、州兵が周辺警備にあたっている。だが、思ったほど人は多くなく、州兵たちも雑談や記念撮影にも気軽に応じてくれるほど、どこか手待ちぶさただった。ある州兵はハンバーガーショップでコーヒーを飲み、別の州兵は装甲車両の中でスマホをいじっているという具合である。 これはナショナルモールに近づいても同じで、警察官にも、さほど張感はない。幸い、反対派による入場妨害にも遭わず、私はすんなりとナショナルモールの広い敷地内に入ることができた。
だが会場内の雰囲気は、外とはやや違っていた。トランプ支持派と反対派が互いの主張を繰り返し、中には敵陣営に罵声を浴びせる者がいたり、取っ組み合いでも起こりそうな一触即発の雰囲気もあったからだ。その中で、「私はムスリム(注・アラビア語。イスラム教徒のこと)。なんでも聞いてください」と書いたプラカードを持った20代の青年2人を発見。さっそく話を聞いてみた。
ムスリムの青年2人
米国で生まれ育ったという1人の青年は、「イスラム教は平和を大切にしている。トランプ大統領の影響でイスラム教が悪者扱いされているけど、その誤解を解きたい」と話してくれた。嫌がらせはあるのかと尋ねると、いまのところ、「幸い、それはない」ということだった。
そのときだった。トランプ支持派の赤い帽子をかぶった中年の男女が割りこんできたのだ。殴り合いか言い争いになるかと身構えたが、男性は「ここによく来てくれた。ありがとう」と言って2人と笑顔で握手、私が唖然としている中、そのまま立ち去ってしまった。ムスリムの青年と話を終えると、私は躊躇なくその男女を追いかけていた。
「なぜ、握手を?」と質問すると、男性は「トランプ支持者はイスラム教に批判的だとマスコミは言うけれど、決してそんなことはない。私たちは互いの融和を目指している」と語り、そんな姿を親が身をもって示すために息子と娘も連れてきたと話してくれたのだ。
賛成派と反対派が仲良く握手する。こんな穏やかな光景は例外かもしれない。「反対派は不勉強。議論にならない」とプラカードを持った人たちを馬鹿にした女子大生がいたり、「オバマを支持した支援者だけにマヌケばかりだ」と吐き捨てるトランプ支援者も少なくなかったからだ。だが、ナショナルモールでは総じて大きな混乱もなく、無事に就任式が終了したのには正直、ホッとした。
続く午後からのパレードでも同様だった。圧倒的に支持派が多い中で、反対派の人たちは「私たちの大統領ではない」と書かれたプラカードを両手に掲げ、大統領夫妻の乗った車両が来てもシュプレヒコールを止めることはなかった。だが、そんな彼らの行動を警察官が制止することはない。「どうぞ、ご自由に」とでも言いたげな様子である。
このように、私が見聞きした範囲では就任式もパレードでも反対派のヤジが飛んだものの、拍子抜けするくらい比較的に穏やかだったのは間違いない。
ただ、すべての取材を終えた帰り道、小さな公園で反対派の集会らしきものが開かれており、そこを防弾ヘルメットと防弾チョッキを身につけた警察官たちが遠巻きにしながら極度に警戒していたのも事実である。日本でも報道されたように、一部の団体が過激な行動に出て、逮捕者が相次いだのも悲しい現実なのだ。一部とはいえ、このような暴力行為が相次いだ大統領就任式というのも異例だろう。
トランプ大統領の登場で米国社会が二分されたというのは決して大げさな表現ではない。だが、今回の取材で感じたのは、それでも言論や集会の自由を最大限に守ろうという暗黙の空気が米国社会の中で広く、かつ根強く残っているということだった。就任パレードで大統領の乗ったリムジンが通る横で反対派が大統領を罵っても、警備の警察官がすっ飛んで来ることはない。これが日本ならどうなるかは説明するまでもない。
ナショナルモールへ向かう途中、トランプ大統領を否定するプラカードを掲げた60代の男性の言葉が忘れられない。「言論の自由は米国憲法が保障している。だからトランプ氏を否定する。しかし、就任式の後は大統領になったのだから反対運動はストップし、これからの行方を見守りたい」
とんでもない大統領の登場で米国社会は今後、大混乱と分断社会に見舞われるだろう。しかし、この60代男性の言葉や、支持者でありながらイスラム教徒を歓迎した男女の姿から米国の良心と淡い光を見た気がする。(つづく)
(2017年2月2日)
トランプ大統領|NHK NEWS WEB
http://www3.nhk.or.jp/news/special/45th_president/
トランプ新政権ニュース|ワールドニュース |ロイター
http://jp.reuters.com/news/world/uselection/
トランプ大統領誕生の衝撃 | 東洋経済オンライン
http://toyokeizai.net/category/trump-impact/