米国の光と闇
トランプ大統領の就任式を取材(上)
吉富 有治
トランプ・インターナショナルホテル前でアピールする支持者
ドナルド・トランプ氏の大統領就任式を取材するため、3年半ぶりにワシントンD.C.を訪れた。もっとも、一介のフリーランス記者が就任演説がおこなわれる連邦議会やホワイトハウスに入れるわけがない。でも、就任式当日の首都ワシントンD.C.の雰囲気や、就任式を間近で見るため全米から会場近くに集まった米国人の声は聞くことができる。なぜ国民はトランプ氏を選んだのか、米国の民主主義は健在なのか。そう考えた途たん、私は躊躇なく航空券をインターネットで予約していた。
トランプ・インターナショナルホテル
さて、最初の取材はホワイトハウスのすぐ近くにあるトランプ・インターナショナルホテルだった。ここはいまや、トランプ反対派が抗議のために集まる“名所”になっていると、ニューヨークで地元メディアに勤務する友人の記者が教えてくれたからである。
このホテルは昨年9月に開業したばかりで、19世紀に建てられた郵便局を改装したものだという。そのため外観はクラッシックで重厚な造り。宿泊客の評価も非常に高い。ところが、異様なことにデモ隊が入れないようにホテルのまわりを高いフェンスで囲み、玄関前では警察官やガードマンが周囲を警戒していた。ホテルというより、まるで消費者の怒りを勝ったブラック企業の本社である。ただし、この日は就任式の2日前ということもあり人影はまばら。記念撮影する人たちが数人いた程度で、反対派の抗議デモもない。だからか、警察官たちもどこか手持ち無沙汰だった。
その中で目立ったのが、奇妙な出で立ちの4、5人の男性グループがトランプ支持のアピールを繰り返していたことだ。さっそく彼らに近づき、カリフォルニアのサクラメントからやって来たという20代の若者に話を聞いた。
私が「トランプさんのどこが好き?」と尋ねると、彼は「他の政治家は何かを言っても2週間後にはすぐそれを翻す。トランプさんは違う。本音を話してくれるし正直だ。確かに意見を変えることもあるが、それは情勢が変わったからでトランプさんが悪いわけではない」と熱を込めて語ってくれた。
聞けば、彼ら支持者たちは全員がアイリッシュ系の米国人で、母国や先祖に対する敬愛なのだろう、米国旗とともにアイルランドの伝承に登場する妖精「レプラコーン」の装束を身にまとっていた。話を聞いた若者も一昨年からトランプ氏の追っかけをし、彼からサインをもらったことがあると自慢する。だが驚いたことに、そのサインは自宅に飾るのではなく「売る」のだと笑顔で答えていた。
彼は「トランプさんに『売ってもいいか』と尋ねると、『いいとも。高く売れるぞ』と言ってくれた。これも彼の気さくでいいところだ」と語り、就任式当日は帽子やTシャツなどの露天を開いて商売するのだという。なんともお祭り気分である。
「本音を言う」「正直だ」というフレーズを聞き、私は大阪市の橋下徹前市長を思い出していた。絶大な人気を誇った橋下さんを支持する人たちも、彼のことを「本音で話してくれる政治家だ」と口をそろえる。米国でもトランプ氏が大統領に選ばれた背景には既存の政治家に対する呆れと怒り、従来の政治では解決しない社会不安や不景気があるからだろう。
大阪も同じだった。2004年末に発覚した大阪市の職員厚遇問題や第3セクターの破たん、そして大阪市財政の危機が伝わると市民の怒りは爆発。その4年後、大阪の改革を訴えた橋下さんが大阪府知事選挙で圧勝したのは、いわば必然だった。有権者が持つ極度の不満と怒りのエネルギーは、さっそうと登場した“改革派リーダー”や“改革政党”への支持として形を変えるからだ。2009年8月の衆院選で当時の民主党が圧勝し政権を奪ったのも、自公政権に対する国民の怒りがあったからだろう。
ただし、「改革」を訴えるニューリーダーが本当の改革者だとは限らない。改革どころか、逆に社会や世界を破壊するかもしれないことを歴史は証明している。アドルフ・ヒトラーを当時のドイツ国民が選んだのも、一次大戦の敗戦でボロボロになったドイツ社会という背景があったからだろう。失業と飢えに苦しむ国民は既存の政治家に絶望し、だからワラをつかむ思いで「救世主」を求めたのだ。だが、悲しいことにそのリーダーが救世主か悪魔かはしばらくわからない。この原理は日本でも欧米でも古今東西、まったく同じものである。
またこの日は、元通信社の記者で、現在は地元のラジオ局に務めるジャーナリストと昼食をしながら新大統領の話にも花が咲いた。その彼にトランプ氏が大統領選に勝った印象を尋ねると、「悪夢だ」と苦い顔で言い放った。とんでもない人物が大統領になったと言いたかったようだ。
「ここワシントンD.C.でトランプを支持する人は全体の5%しかいない。支持する人たちは、どちらかというと教育水準が低く、それまで政治のことなど無関心な人が多かった」と語り、ポピュリズムこそがトランプ大統領の本質だと断じていた。
また米メディアの多くはトランプ大統領に批判的で、これからホワイトハウスとの確執はこれまで以上に高まるだろうと分析。さらに、「議会では大統領を弾劾して辞めさせる動きもある。民主党はもちろん、共和党の一部にもその動きはあるようだ」と述べ、トランプ大統領と対立するメディアも後押しするだろうと予測した。
一方、ホワイトハウスの報道官は「これからはどんなメディアでもホワイトハウスに入れるわけではない」と記者クラブに宣言し、メディアと対立する姿勢をさらに鮮明にしたという。大統領を熱烈に支持する米国民がいる一方で、メディアや反トランプ陣営との確執はますます高まりそうな気配である。
そして迎えた大統領就任式。私はこの日、連邦議会議事堂にほど近いD.C.の中心地、ナショナルモールへと向かった。(つづく)
(2017年1月26日)
【写真特集】トランプ就任、「ポピュリスト大統領」の誕生 | ニューズウィーク日本版
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/01/post-6781.php
トランプ大統領誕生の衝撃 | 東洋経済オンライン
http://toyokeizai.net/category/trump-impact
トランプ大統領が署名した大統領令をまとめてみた(Outward Matrix)
http://www.outward-matrix.com/entry/2017/01/27/070000