JavaScriptが使えません。 BACK(戻る)ボタンが使えない以外は特に支障ありません。 他のボタンやブラウザの「戻る」機能をお使い下さい。
本文へジャンプ サイトマップ 検索 ホームへ移動
ホーム 更新情報 フラッシュアップ スクラップブック 黒田清JCJ新人賞 活動 事務所

Webコラムのコーナートップへ
日本人と民主主義
英国の国民投票から考える

吉富 有治
夏空
 かつて何百年もの間、国家同士が対立して戦争を繰り返してきたヨーロッパ。その悲劇に終止符を打とうと第二次大戦後に生まれた発想が欧州統合であり、原型としてフランス、西ドイツ(当時)、ベルギー、イタリア、ルクセンブルク、オランダが参加した欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC) が1952年に設立された。 その後、1993年11月1日のマーストリヒト条約の発効によって現在のEUが誕生したのだ。だが、時代が進むとEU内での新たなナショナリズムの台頭や国内経済の問題などから高尚な理念はいつしか隅に追いやられてしまったようである。


 英国が6月23日におこなったEU離脱の国民投票は残留が48.1%、離脱が51.9%と僅差ながら離脱派が勝利し、英国は1973年に加盟したEUから脱退することが決定した。ところが、英国議会や経済界は当初、残留派が勝つだろうと楽観視していたものだから、この結果に大慌て。キャメロン首相は国民投票の翌24日、今年10月までに辞任することを表明。ロイター通信も同日、「世界の金融市場は、2008年の経済危機以来の大きな衝撃に、大荒れとなっている」と報じ、英国のEU離脱が世界経済に与える影響を懸念している。

 もっとも、大慌てなのはEU残留派だけではない。離脱派も混乱している。離脱を推進してきた1人である英国独立党(UKIP)のナイジェル・ファラージ党首が6月24日、テレビ番組で公約の「うそ」をあっさりと認めてしまったのだ。公約とは、英国がEU加盟国として支払っている週3億5000万ポンド(約480億円)にも達する拠出金についてである。

 離脱派によるとEUからの離脱によってこの拠出金が浮くので、例えば財政難に陥っている国民保健サービスなど他の政策に有効活用できると主張していた。ところが、国民投票が終わるとファラージ党首は「確約できない」と公約を撤回し、中には「言ったことはない」(ダンカン・スミス元保守党党首)などと開き直る者まで現れる始末である。この拠出金について残留派はかねてから、EUから英国に分配される補助金などを差し引くと、拠出金は週1億数千万ポンドと反論しており、いまでは離脱派も事実上、残留派の主張を認めている。

 この拠出金のほか離脱派はEU間での移民制限を主張していたのに、投票後は「移民がゼロになるわけではない」とこちらもトーンダウンしている。

 これらの「うそ」には離脱に票を投じた英国民もさすがに腹に据えかねたようで、国民投票の再実施を求める声が日ごとに大きくなっている。英国議会のサイトにある投票のやり直しを求めた請願への署名数は、6月30日の時点で約400万件を超えているという。

 国民投票は国民が政治に直接参加できる民主主義の理想の姿かもしれない。だが同時に、ともすれば国民に耳あたりの良いことばかりを伝えるプロパガンダに扇動され、予期せぬ結果を招くかもしれない、いわば「両刃の剣」でもある。勇ましい言葉で飾られ、国民の自尊心をくすぐるような公約を頭から信じてしまい、その結果、国家が大混乱し後悔しても後の祭りになりかねない。しかも国民投票の結果は政治家ではなく、選択した国民自身が責任を負わねばならないのだ。


 英国の国民投票を見て、特に大阪市民は自分のことのように身近に感じたのではないか。大阪市も昨年5月17日、大阪市を廃止する代わりに特別区を設置する、いわゆる大阪都構想の是非を問う住民投票を経験したからである。EU離脱か残留か、大阪市を廃止するか残すのかという国家と自治体との規模の違いはあっても、究極の二者択一を迫られた重圧感や葛藤はおそらく同じだったろうと思う。

 昨年5月の住民投票では反対派が僅差で勝利し、大阪市は存続することが決定した。ぎりぎりのところで大阪市民の良識が発揮されたが、この住民投票にしても反対派が負けていても不思議ではない状況だったのだ。結果は反対派の勝利だった。だが、英国の国民投票でEU離脱の効果が過大評価されたように、大阪市の住民投票でも賛成派によって「都構想で大阪の経済は発展する」「大阪府と大阪市の統合効果は4000億円」といった宣伝が大々的におこなわれ、それを頭から信じた人も少なくなかっただろう。しかし、これらの宣伝がいかに"誇大広告"であったかは反対派の政治家だけではなく地方自治や財政学の専門家からも散々批判されていた。仮に昨年の住民投票で都構想の推進派が勝っていたら、これら"美味しい公約"が実現していた可能性はほぼゼロ。逆に大阪市は実現不能な公約に振り回され、推進派も反対派も英国のように大混乱していたはずである。

 国民投票や住民投票は国家や自治体の方向について有権者が直接決め、その結果については国民、市民の生活にも影響しかねない。それだけに有権者は問われているテーマの中身を正確に知り、メリットやデメリットを冷静に分析するだけの慎重な態度が望まれるはずである。ところが実際には英国や大阪市の例でもわかるように、正確な情報どころか扇動的かつ情緒的なプロパガンダに納得したり振り回されたり、あるいは人に頼まれて深く考えず適当に投票した人も少なくなかったのではないか。

 マスメディアの責任も大きい。多くの民主国家で報道や言論の自由が憲法で保障されているのは民主主義が持つ健全性を守るためである。だからこそマスメディアは正確な情報を逐一伝えなければならない。だが、有権者が政治的な問題に参加するだけの積極性を欠き、マスメディアも一方的な情報しか伝えないとしたら国民投票や住民投票で、あるいは選挙で必ずしも正しい答えが出るとは限らない。かつてドイツ国民は独裁者を登場させ、いつしかヨーロッパを地獄の渦へと引きずり込んだ。その独裁者を産んだのも民主主義のルールに従ってのことだった。


 さて、各新聞やテレビの世論調査によれば、7月10日投開票の参院選では自民や公明、維新などの改憲勢力が大量票を獲得し、憲法改正に必要な3分の2以上の議席を確保しそうな勢いだという。参院選の結果、衆参両議院で改正発議がおこなわれば、その後に待っているのは国内初の国民投票である。そのとき日本は果たして成熟した民主主義を持っているのか、かつてのドイツの二の舞いを演じる心配はないのか。

 英国でおこなわれた国民投票は他国の出来事ではない。明日の私たちにも貴重な教訓と示唆を残してくれたと言えるだろう。

(2016年7月7日)



イギリスの欧州連合離脱是非を問う国民投票(Wikipedia)
 https://ja.wikipedia.org/wiki/イギリスの欧州連合離脱是非を問う国民投票
【英国民投票】 離脱派が勝った8つの理由(BBC)
 http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-36628343
国民投票(Wikipedia)
 https://ja.wikipedia.org/wiki/国民投票

戻る このページのトップへ