5.17住民投票から1年
翻弄させられた大阪市民こそ、いい迷惑
吉富 有治
大阪市を廃止して東京都のように特別区を置くのか。それとも今の大阪市のままでいいのか―。
いわゆる大阪都構想の是非を問う住民投票は約1万票の差で反対派が勝利し、推進派は敗れる結果となった。ただし、200万人を超す大阪市の有権者からすれば約1万票などは誤差の範囲でしかない。このわずかな票差に加え、昨年末の大阪府知事選、大阪市長選でダブル勝利したこともあり、大阪維新の会は「民意を得た」として二度目のチャレンジを公言してはばからない。その住民投票からちょうど1年が経過した。
政令市の廃止を問う住民投票は日本で初めての試みだった。それだけに問題や矛盾も多く、今月15日には住民投票から1年を振り返るシンポジウムが大阪市内で開かれた。この集まりは左右の思想的な立場や組織の垣根を超えた超党派によるもので、私もパネリストの一人として意見を述べさせてもらった。
「はっきり言えば大阪市民が翻弄させられた、はた迷惑な住民投票だったのではないか」。司会者から総括を問われた私は冒頭、このような言葉で住民投票を斬り捨てた。その理由は、大阪市民が望んだものではなかったからだ。
そもそも住民投票には大きくわけて2つある。1つは憲法が定めた住民投票、もう1つは地方自治法による住民投票である。
憲法が規定した住民投票は、特定の地方自治体にのみ適用される法律を制定する場合、その自治体の住民による住民投票が必要だと定めているものである。憲法改正に必要な国民投票も、いわば大規模な住民投票だといえる。
対して地方自治法の住民投票とは、地方議会の解散請求、あるいは首長や議員の解職を求める場合に住民の権利として認められているものだ。これ以外にも、地方自治法の住民投票には住民が直接、行政に介入するためのものもある。
一例を挙げると埼玉県所沢市で昨年2月15日におこなわれた住民投票がそうである。航空自衛隊入間基地の自衛隊機の騒音で夏でも窓を閉めきる学校の暑さ対策として、基地周辺のすべての小中学校にエアコンを設置するかどうかを問う住民投票が多くの市民の求めによって実施された。この所沢市の事例が示すように住民投票とは上から押しつけるものではなく、住民の側から求めるものが本来の地方自治の趣旨だろう。
一方、昨年5月17日の住民投票は地方自治法に基づくものではない。「大都市地域における特別区の設置に関する法律」(大都市法)を根拠にしたもので、いわば国が大阪市民に押しつけたものだった。しかもこの大都市法は、多くの大阪市民が「大阪市を廃止したほうが望ましい」という要望から立法化されたものではない。当時の民主党政権と野党に転落していた自民党などによる政治的な妥協の産物だったのだ。
2011年4月の統一地方選挙で大阪維新の会は大阪府と大阪市の両議会で第一党に踊り出た。その後、橋下徹府知事は(当時)は大阪市長に転出し、同じく維新の会の松井一郎府議が府知事に就任。この勢いに乗じて維新は国政への進出を目論むことになるが、それを恐れたのが民主党や自民党などの既成政党である。
維新に国政進出を思いとどまらせることと引き換えに生まれたものが大都市法であり、そんな政局の末に生まれた住民投票で翻弄させられた大阪市民こそ迷惑な話である。中には大阪市を廃止するのか存続させるかの重い選択を突如として突きつけられ、そのため賛否を決められず戸惑う人も多かった。
かたや、実験用のモルモットでも眺めるような冷ややかな態度で住民投票を見ていたのは国、とくに安倍晋三政権だったろう。安倍政権にすれば憲法改正に必要な国民投票のシミレーションとして昨年の住民投票を見ていたはずである。
国会議員や地方議員を選ぶ選挙と違って住民投票の組織運動は公職選挙法上の制約はあまり受けない。投票日の運動も許され、またテレビや新聞への広告宣伝の制約も少ない。そうなると俄然、資金力と機動力のある組織が勝つ可能性が高くなる。実際、大阪維新の会は住民投票の直前まで市内各地での街頭説明会やテレビCMなどに億単位の費用をかけていた。それでも反対票が賛成票をわずかでも上回ったのは奇跡といえる。もっとも、安倍政権は維新の会の敗北も研究し、改憲に向けてのシナリオを練っていることだろう。
その住民投票からわずか1年で、またまた都構想の議論が再燃している。こんなハタ迷惑な政治的な動きには大阪市民もいい加減、怒りの声を上げたほうがいい。
(2016年5月19日)
大阪都構想とは(ニコニコ大百科)
http://dic.nicovideo.jp/a/大阪都構想
大阪ダブル選挙前に10分で復習したい『大阪都構想』 賛成派と反対派の理由(NAVERまとめ)
http://matome.naver.jp/odai/2142892293318388201
住民投票(Wijipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/住民投票