吉村洋文新市長の就任会見
〜 猪瀬直樹前都知事、特別顧問就任の是非を問う 〜
吉富 有治
橋下徹さんが12月18日を持って大阪市長を任期満了で辞任した。府知事を含めると大阪の政治に関わって通算8年。その間の政治的な功罪については私も散々言い尽くし、また他の識者も指摘していることなので、ここで細かな論評は避けたいと思う。ただし、一点だけ指摘しておきたい。
退任会見で記者から今後の政治活動の有無を問われた橋下さんは「私人だから言うことはない」と言葉を濁し、就任する国政政党「おおさか維新の会」の法律政策顧問の具体的な仕事内容についても「弁護士として守秘義務がある」と煙に巻いていた。
もちろん、市長を辞職すれば私人であるのは間違いない。だが、退任会見の翌日にさっそく松井一郎府知事と東京に出向き、安倍晋三首相と菅義偉官房長官と3時間も話し合っている。報道によると改憲の話題やおおさか維新の会との連携についての協議も出たようだ。こんな生臭い内容が密室で話し合われていること事態、すでに政治的な活動であり、「私人だから」「政治家引退」という言葉の虚しさがわかるというものある。
さて、次に大阪市の未来を託されたのが第20代市長に就任した吉村洋文さんである。その吉村さんの就任会見が12月21日におこなわれたので私も参加し、松井府知事が提唱している副首都推進本部の特別顧問に猪瀬直樹前都知事が就任する件について質問させてもらった。
副首都推進本部とは、大阪を東京に次ぐ副首都にするため府知事、市長が設ける諮問機関で、前回は府市統合本部がこれに当たる。この副首都推進本部は条例に基づいて設置されたものではなく、いわば府知事と市長のサロン的な存在である。特別顧問の身分も特別職の公務員ではなく民間人。人事には議会承認の必要もなく、府知事、市長の裁量で採用される。
ただし、報酬は税金から支払われるため特別顧問の立場は公的なものともいえ、府知事と市長が誰を顧問に選ぶにしても学識や見識だけでなく、政治に関わることが妥当かどうかも判断せねばならないと考える。
ところが猪瀬さんは2014年3月末、徳洲会事件にからみ公職選挙法違反の容疑で東京地検特捜部によって略式起訴され、東京簡易裁判所は50万円の罰金刑と5年間の公民権停止を命じている。つまり、個人的な政治言論活動は別として、猪瀬さんは本来、公的な立場からの政治参加は通常、憚れる立場なのだ。おそらく府市の両議会からの反発も予想されることから、私は就任の是非について吉村市長に意見を聞いた。
対して吉村市長は概要、次のように答えていた。すなわち、(1)実際に都知事に就任され「首都機能」というものを理解されており、その蓄積や知識は副首都を目指す大阪に必要である。(2)公民権停止は選挙権や被選挙権が停止されるもので、個人の政治や言論活動を制限されるものではない、というものである。
このとき時間の関係で再質問は控えたのだが、(1)はいいとして、問題は(2)であることをここで指摘しておきたい。
確かに吉村市長が言うように公民権停止は、選挙権と被選挙権が停止になる。けれど、権利の制限を受けるのは実はそれだけではない。監査委員や農業委員会公選委員、中央選挙管理会委員や教育委員会委員といった行政委員会などの役職にも就けなくなるのだ。この根拠について参院法制局のHPにある
「公民権停止規定と欠格条項」
では、「その地位又は職が廉潔性が求められるものであるため、前科のある者などその地位や職に不適格な者を排除することによって、その地位又は職に対する信頼を維持しようとするものだといわれている」からだとしている。
「廉潔性が求められる」ため、行政委員会などの公職には公民権停止中の者は就けない。だったら副首都推進本部の特別顧問に停止中の者が就けるとすれば、それは廉潔性が求められないからだとも言えるわけだが、それも奇妙な話ではないか。そもそも特別顧問の身分は私人とはいえ報酬は税金から支払われているのだ。行政委員などの欠格条項に公民権停止が含まれているのなら、それと同列に扱うことが副首都推進本部の公平性、透明性の観点からも必要だろう。いくら副首都推進本部が法的根拠のない府知事、市長のサロン的な存在であっても、恣意的な人事は避けるべきだろうと考える。
断っておくが私は猪瀬さんに何の恨みもない。不祥事は起こしたとしても都知事としての経験と手腕の評価はあってしかるべきだと思う。ただ、同時に最低限のケジメは必要ではないかとも思っている。公職選挙法違反で刑が確定し公民権停止の処分を受けたのなら、その間は公の政治、行政活動は自重するのが常識的な判断ではないのか。
これは松井知事と吉村市長にも同じく言えることで、副首都推進本部は首長の諮問機関、サロン的な存在だから人事も恣意的でいいと思わないでほしいのだ。学識者、有識者を選ぶにしても法と社会常識に沿った一定のルールは必要ではないのかということである。
吉村市長は議会に対して「対話と協調」路線で望むのだという。議会も民意の代表だ。民意とは社会であり、ならば社会の常識に則った判断をしてほしいものである。
(2015年12月24日)
公民権停止規定と欠格条項(参議院法制局 法制執務コラム集)
http://houseikyoku.sangiin.go.jp/column/column017.htm
猪瀬直樹(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/猪瀬直樹
吉村洋文(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/吉村洋文