連載企画「大阪都構想を考える」その12
「大阪市はなくならない」の嘘
「特別区のサービスは上がる」の欺瞞
吉富 有治
言うまでもなく、大阪都構想とは大阪市を廃止して5つの特別区を作り、大阪府に事務の一部を移管することである。大阪市が廃止されることから「大阪市をなくすな」という批判もある。そこで大阪維新の会からは、「なくなるのは大阪市役所であり、大阪市がなくなるわけではない」などという主張がいまだに聞こえてくる。こんな与太話でも信じる人がいるから世の中は実に不思議である。
例えば、戦時中の東京を振り返ってみたい。東京府と東京市が再編して東京都になったことで東京府庁も東京市役所も消えた。しかし同時に、東京府も東京市もなくなり、年月が流れるにつれて東京府民、東京市民というアイデンティティさえも消え去った。代わっていまは都民、区民という意識が住人を支配しているのではないのか。それとも私が無知なだけで、まだ東京府と東京市は存在しているのだろうか。
民主的な手続きによる住民投票によって自ら選択した結果、東京府と東京市が再編されたのではない。戦時下の政策による上からの押し付けでさえこの状況なのだ。東京の歴史に学ぶなら大阪市が消えた後も同じだろう。いつしか大阪市民といった意識は過去のものとなり、「○○区民」というアイデンティティが芽生えてくるはずだ。各特別区が基礎自治体として独自色を出せば出すほど旧大阪市というエリアの概念すら薄れていくだろう。「昔、大阪市というものがあってなぁ」と往時を知る年配者が子どもたちに語っている姿が目に浮かぶ。
とは言え、大阪市民であろうが特別区民であろうが私は構わない。いずれのアイデンティティだろうが、それが大阪市民が選んだ結果なら仕方がないと私は思っている。ただ、「大阪市はなくならない」といった誘導トークは実に詐欺的だろうと思うだけである。
行政区と特別区に関する維新の主張も同じである。橋下徹さんや大阪維新の会は「現在の大阪24区には予算、権限がない。議会もない。区民のニーズを汲み取っても即応できない」と訴え、だから公選区長と議会を持ち、しかも予算も権限もそろった特別区が必要なのだと主張する。そうすれば「特別区の市民サービスは向上する」と訴える。なるほど、いまの行政区と特別区を比べると後者のほうが自由度が高いのは事実だろう。だが、冷静に考えてみよう。例えば、大阪市民が享受する市民サービスは行政区に依存するのかどうかである。
東京23区の区長の多くは特別区について「権限が十分ではない」と内心、不平不満を漏らしているという。それでも中途半端とは言え特別区は基礎自治体の機能は持っている。そのため行政がおこなう市民サービスは各区によって異なっている。実際のサービスは各区長の取り組み次第で大きく差が出ているのである。だから区民病院を持つ特別区があれば、そうでない区もあるわけで、そう考えるなら東京23区の区民が受ける区民サービスは明らかに特別区に依存する。
しかし大阪市の場合は24区に依存することはない。これは政令市である大阪市に依存する。だから区によって市民サービスに差が出るといったことはないわけだ。私は大阪市北区に住んでいるが、家庭のごみ収集や道路補修、上下水道の工事、また公園の木々の剪定などがお隣の中央区に比べておざなりということは、まずない。窓口業務だってどの区役所でも変わらない。「北区は国民健康保険料は高いが西区は安い」といったこともなく、「中央区は新婚家庭の補助はあるけど浪速区にはない」といった違いもない。なぜなら、それら役所としての基幹的な業務は各区の区長が独自の施策でおこなうのではなく大阪市が全区をまたいでおこなっているからである。行政区と特別区の市民サービスの比較とは、要するに政令市と特別区の比較でしかない。
もっとも、レスポンスに差は出てくるかもしれない。大阪市民が行政に苦情や要請を申し出る場合の窓口はまずは各区役所だろうから、そこから本庁に届くにはタイムラグはあるだろう。しかし、それにしても何ヶ月も待たされるということはない。仮に急ぐなら選挙区の議員に頼んだほうがレスポンスは早い。また、某区の区長は地域の行事には顔を出して市民の声を聞いてくれるが、別の区長にはそれがないといったこともあるかと思う。これらは大阪24区か東京都の特別区か、行政区か基礎自治体かといった差ではなく、区長としての自覚と住民サービスへの取り組み姿勢の差でしかないだろう。
政令市の予算と権限は特別区より圧倒的に大きい。大阪市民が享受している市民サービスは政令市というスケールメリットがあるからだ。もし分割された特別区が以前の政令市と同じサービスを受けようとすれば、以前の予算と権限が完全に保障されなくてはならない。しかし、大阪市を廃止した後の特別区の独自の財源は旧大阪市の25%しかなく、他の財源は大阪府に大きく依存している。要するに、特別区が生きるも死ぬも大阪府のさじ加減ひとつなのだ。となると「いまの24区より特別区の方が市民サービスは上がる」といったトークも「大阪市はなくならない」と同様、私には詐欺的に聞こえて仕方がない。
(2015年4月28日掲載)
連載企画「大阪都構想を考える」その11 続・聞いてみた大阪市職員の…
連載企画「大阪都構想を考える」その10 聞いてみた大阪市職員の本音!
連載企画「大阪都構想を考える」その9 わかりやすい政治からの脱却を
連載企画「大阪都構想を考える」その8 賛成派の方々の取材が…
連載企画「大阪都構想を考える」その7 東京都世田谷 保坂展人区長
連載企画「大阪都構想を考える」その6 自民党府議団 花谷充愉幹事長
連載企画「大阪都構想を考える」その5 住民にやさしい基礎自治体
連載企画「大阪都構想を考える」その4 大阪府市の二重行政は本当か
連載企画「大阪都構想を考える」その3 欠ける成長戦略
連載企画「大阪都構想を考える」その2 都構想の外観を眺めてみる
連載企画「大阪都構想を考える」その1 都構想のルーツを探る
大阪都構想(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/大阪都構想
大阪都構想(Yahoo!ニュース検索)
http://news.search.yahoo.co.jp/search?p=大阪都構想
大阪都構想
二重行政のムダをなくす。豊かな大阪をつくる。
(大阪維新の会)
http://oneosaka.jp/tokoso/