府立高校卒業式での君が代斉唱問題
口パクチェックの校長に漂う違和感
問題の本質は条例にあり
吉富 有治
卒業式のシーズンである。しかし大阪府内のある高校では、学舎を巣立つ生徒たちを祝う式典の裏で、なんとも寒々しい光景が教職員の間で繰り広げられていた。
大阪府立和泉高校で卒業式が行われた3月13日、同校の中原徹校長が君が代斉唱の際、教職員の口の動きを見渡しながら、それが口パクだったのか、それとも実際に歌っているかを「監視」していたという。この校長先生、まるで鬼軍曹のように腕を後ろで組みながら、教員一人ひとりを睨みつけ、その口元に鋭い視線を投げつけていたのだろうか。
中原校長は橋下徹大阪市長の大学時代からの友人で、2009年に民間人校長として大阪府に採用された人物である。今回の行為について橋下市長は「口元を見るのは当たり前だ」と中原校長を擁護した。だが、府教育委員会の生野照子教育委員長は「そこまでやらなくても」と異論を唱えている。またマスコミや有識者からも「やりすぎだ」という声が多く聞こえてくる。一方、当の中原校長は「起立斉唱のルールを作ったのは議会。私は教育委員会の指示に従っただけ」と主張、今回の行為の正当性を訴えた。
大阪府は昨年6月、「大阪府の施設における国旗の掲揚及び教職員による国歌の斉唱に関する条例」、いわゆる「国歌起立条例」を施行し、卒業式や入学式で教職員が起立して君が代を斉唱することを義務づけた。今回、府の教育委員会もこの条例を受け、府下の小中高校に対して卒業式での君が代斉唱の職務命令を出している。中原校長が「教育委員会の指示に従っただけ」と正当性を訴えるのはこのためで、筋論からすれば校長側に分があると言える。
それでも中原校長の今回の行為は、あまりにも気味が悪すぎる。おそらく誰もが違和感を覚えたと思う。では、その違和感の原因はどこにあるのだろうか。晴れの卒業式の場で特高警察のような行動をとった中原校長のキャラクターだろうか。それとも、断固として君が代を拒否する一部教員の姿だろうか。
私は、問題の本質は国歌起立条例にあると考えている。この条例そのものが、学校長を秘密警察のような存在に変えてしまう因子を含んでいる。生徒ではなく、上しか見ないヒラメ校長を生み出す要因が含まれていると思っている。だとすればこの条例がある限り、同じよう問題はどの学校でも起こるということだ。
そこに加えて、橋下市長がしばしば口にする「ルールを守るのは当然」という政治的な主張も条例の先鋭化に拍車をかけている。
国歌起立条例が生まれた背景は、市長が言う「ルール」を厳格化したものだ。わざわざ条例にすることで、教職員に対して強制力を持たせたのである。だが、この「守るべきルール」もかなり恣意的で、時と場合によって異なることを注意すべきである。その一例が大阪維新の会府議団が昨年、府議会に提案した府教育基本条例案だろう。
この条例案について文科省は昨年12月、「(教育目標の)内容次第では違法になる可能性がある」との見解を示したが、対して橋下市長は「あんなバカみたいなコメントに従う必要はない」と痛烈に批判した。政府が法律違反の可能性に触れているのに、市長は「バカなコメント」と切り捨て、法律という国家が定めたルールに従おうとはしなかった。このことからも橋下市長が言う「ルール」とは決して普遍的なものではなく、自分に都合のいいルールでしかないことは明白だ。そんな市長が推進する各種条例や政策など、どれだけ市民の役に立つのか、はなはだ疑問でしかない。
大阪市でも今後、橋下市長や大阪維新の会が強烈にプッシュする職員基本条例案や教育基本条例案などが審議され、おそらく議会は通過すると予想されている。だとすれば将来、合法的だけれど、それでいて首を傾げたくなるような問題が、これからも市役所や教育現場で起こる可能性がある。そのときになって後悔しても遅いことを、私たちは心しておくべきだろう。
(2012年3月16日)
日の丸・君が代 (Yahoo!ニュース)
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/hinomaru_kimigayo/
国旗及び国歌に関する法律(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/国旗及び国歌に関する法律
教育基本条例案(Google検索)
http://www.google.co.jp/search?num=100&hl=ja&newwindow=1&site=&source=hp&q=教育基本条例