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2016年、選挙で貫く棒の如きもの

大谷 昭宏


日の出


 あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしく。さて2016年、年頭にあたってなんて言うといささか大げさだが、このお正月は、阪神淡路大震災から20年ということで阪神間を走りまわった昨年と違って、3が日を京都ですごして、ちょっと余裕の初春。少しばかり思うところを書いてみたい。


 今年初めての日刊スポーツの「フラッシュアップ」に高浜虚子の「去年今年貫く棒の如きもの」の句を使わせてもらったが、昨年は戦後70年、今年は言うまでもなく71年目の第一歩を踏み出したことになる。戦後70年が過ぎたからといって、何かが変わるわけではない。いや、むしろ変わってもらっては困ることもある。その最たるものが70年続いた平和であることは言うまでもない。そこで、まさに「貫く棒の如きもの」として、この平和は続いてもらわなければならない。そして私たちは命をかけて、それを守り通す覚悟を持たなければならない。

 そんな思いで、この句を使わせてもらったのだ。

 では、棒が貫くなか、2015年から2016年、何が起きるのか。「民主主義ってなんだ」の問いかけに対する答え、「これだ!」が、直接民主主義から間接民主主義へ。私は、その間接民主主義の真価が問われる年だと思っている。

 思い出としてしまうには、まだ早すぎる。2015年9月、12万人が国会を取り巻いた。だが、「民主主義ってなんだ」「勝手に決めるな」の声も結果として虚しく響いて戦争法は成立、この3月末には施行される。あの国会前の動きは紛れもなく直接民主主義だった。もちろん、それが悪いと言っているのではない。SEALDsの若者をはじめ、得るものも多かった。 だけど、それは見方を変えれば、間接民主主義での失敗、ひとことで言うと、選挙で間違えたことをしてしまったそのツケに振り回されたのだ。

 見ての通り、間接民主主義で選んでしまった連中が、やっていいとも言っていないことを勝手にやらかしている。それに対して、「勝手に決めるな」と叫んでも、何しろ選んでしまったのだから、どうにもならない。前回選挙のとき、まだ選挙権のなかった一部のSEALDsの若者にとっては、こんないい加減な大人ほど迷惑なものはなかったのだ。

 だとすれば、今年は、その間接民主主義のツケを一気に取り返す年だ。言い換えれば、「民主主義ってなんだ」の答えを改めて出してみせる年なのだ。間接民主主義の根幹をなしているのは選挙である。別の言い方をすれば、選挙制度なしに民主主義は成立しない。今年はその選挙の年だ。それも予定されていることばかりの、なまじっかな選挙の年ではない、と私は思っているのである。


 さっそく1月には、普天間基地のある沖縄・宜野湾市の市長選。辺野古移設をめぐって移設賛成派の現市長と翁長知事推すところの移設反対の新人が激突する。6月には、その沖縄で県議会議員選挙。そして7月には121議席が改選となる参院選である。じつはそれだけではすまない。そう、衆院選なのだ。7月の参院選と併せたダブル選挙、それがなくても2016年中の衆院選は、どうやら動かし難い状況なのだ。

 私が関わっている某民放ネット局は、昨年12月の系列報道部長会議で「夏の参院選が衆院選とのダブル選挙になるのは間違いなし」として「撃ち方用意」の指令が飛んだ。じつに30年ぶりのダブル選挙となると、衆参どちらかは翌日開票。そのため、2日連続の特番体制が組まれるという具体的な対応まで話題になったという。他の新聞、テレビの報道機関はどうかというと、7月のダブル選挙はともかくとして、2016年中に衆院解散総選挙という見方が、昨年末から一気に強まっていることは間違いない。

 考えてみれば、その根拠はいくらでもある。その一つが年末にやっと結論が出た消費税の軽減税率であるが、安倍政権は財源の裏付けもなしに公明党の顔を立てて外食、酒類を除くすべての食料品を軽減の対象とし、じつに1兆円もの消費税をフイにする大盤振る舞いをしてみせた。当初、こうしておかないと宜野湾市長選に公明の協力が得られないとされていたが、よく考えてみれば、宜野湾は普天間に出て行ってもらう側。移設先の辺野古を抱える名護市とは立場が違う。その選挙に1兆円は、あまりもデカすぎる。やっぱり大枚はたいたのは、参院選をにらんでのことと見るべきか。

 いや待て。そうは言っても、参院の改選数は121議席。確かに自民だけでは非改選を含めて過半数に9議席足りない。ここは、なんとしてでも公明の協力がいる。だけど、これも考えようによっては、たかだか121の改選ではないか。それに自民のいまの勢いなら、公明なしに過半数だって可能だ。とすると、参院選のための1兆円というのもやはりデカすぎる。衆参ダブル選挙のために財務省をねじ伏せ、蹴散らかしての1兆円というなら、なぁーるほど、と胸のつかえも消えようというものなのだ。

 ただし、もうひとつの見方としてメディア各社が描いているのは、2016年中の衆院選は間違いないが、参院選とはずらして、2014年から丸2年の12月に解散総選挙という構図。いずれにせよ、言い換えれば、政権政党は国庫の貴重な1兆円を他党のバラまいて自らになびかせる。これって巨大な公選法違反じゃないのか、なんてぼやいたところで、それを摘発する機関なんてありはしない。どちらにせよ、なぜ、安倍政権は2年にも満たないなか、解散総選挙という乱暴なことをするのか。その答えは、すべて憲法改悪のための足がかりなのだ。

 だからこそ、話を最初に戻して2016年、私たちは、この間接民主主義、その根幹をなす選挙で確かな答えを出さなければならないのだ。


 昨年9月、しのつく雨の中、国会前のあの叫び。それが「去年今年貫く棒の如きもの」でなければならない。

(2016年1月4日)



間接民主制(Wikipedia)
 https://ja.wikipedia.org/wiki/間接民主制
デモはデモクラシーの略ではない(小林よしのりオフィシャルwebサイト
 http://yoshinori-kobayashi.com/8596/
「選挙に行こう」(Google 画像検索)
 https://www.google.co.jp/search?q=選挙に行こう&newwindow=1&tbm=isch

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