トキに、コウノトリに、この国を思う初夏
大谷 昭宏
トキの飛び立ち
唐突だけど、私たちの国はやっぱりいい国だと思う。オウム真理教の高橋克也容疑者の逮捕。タレントの母親の受給をきっかけに生活保護家庭に向けられた、いわれもない蔑視の目。政治の世界といえば、そうした社会保障に対する理念なんてそっちのけ。己の傲岸な存在感の誇示と、片や選挙に落ちそうという危機感だけで、あっちについたり、こっちに不義理したり。メディアの中に身を置くということは、溜息が出てくるほど、うんざりするものなのか。
なのに、やっぱりこの国はいい国だと思う。こうしてパソコンに向かって、日々、うさん臭い出来事を原稿にしながら、今年の初夏から夏にかけての私の楽しみは、インターネットで環境省配信の動画を見ることだった。
目指す相手は、佐渡のトキである。5月に3組のペアから8羽のヒナの誕生が確認され、6月、このヒナたちは見事巣立ちのときを迎えた。野生のトキの誕生は、絶滅が確認されてから、じつに38年ぶりことになる。
日刊スポーツのコラムにも書いたことだけど、この間、私はハラハラし通しだった。いくら心配したところで、自然界の出来事に何ひとつできることがあるわけではないのだが、動画を眺めては、親鳥に「ガンバレ! うまくやれよ!」と声をかける日々。そんな姿をわが家の愛犬、プルちゃんが「何をそんなに熱心に見入っているんだい」と、つぶらな瞳で眺めている。至福のときである。
すると、佐渡のトキに負けてたまるかと、これも一時は絶滅したとされる兵庫県豊岡市のコウノトリの4羽のヒナが巣立ちを迎えたというニュースが飛び込んできた。昨年、46年ぶりに野生の放鳥コウノトリからヒナが巣立っており、こちらは2年連続のこととなった。これも豊岡市のコウノトリ情報で、動画で見ることができる。
この間、私は動画だけではあき足らず、これはヒナ誕生前の2010年ごろの写真だが、産経新聞カメラマンの大山文兄さんが撮影したトキの写真集、「トキ物語」を買ってきて、文字通りの朱鷺色の美しさに息を呑んだ。
私たちの国は、小笠原諸島に生息、その後、乱獲などがたたって絶滅したとされていたアホウドリがわずかに生き残っていることを確認、それからは気が遠くなるような長い保護活動の結果、いまでは別の島に新たな営巣地を確保してやるまでに繁殖させた。
トキにコウノトリ、それにアホウドリ。ゼロに近い状態から、ここまで自然界に蘇らせた研究者や行政のみなさんは本当に素晴らしいと思う。ここに至るまでには、言葉にできない苦労があったことと思う。
もうひとつ。私は新聞記者時代、「ふるさとシリーズ」の取材で、鳥取県大山に、これも絶滅危惧種のイヌワシが生息していることを知り、5月の新緑の季節、深山の断崖絶壁に営巣しているイヌワシを取材するため、カメラマンと徹夜でテントに潜り込んだ。朝の陽光に、文字通りゴールデンイーグル、黄金色の羽の親鳥がヘビやカエル、キジといった餌を運んできては、ピョンピョン跳ねるヒナに口移しで餌を与える。そのとき、緑に映えたまっ白なヒナの美しかったこと。大袈裟ではなく、この同じ国土を、同じ時間を、こうした生きものたちと共有して生きていることに幸せを感じたのだった。
そんなことも思い出した今年の初夏から夏。わが家でもちょっとした出来事があった。時折、庭にやって来るヒヨドリがあるときから、やたらと低空で飛ぶ。目で追っていると、糸杉の枝のなかに潜り込む。すぐにわかった。営巣を始めたのだ。というのも、かつて住んでいたマンションの小さな庭の八重桜にやはりヒヨドリが営巣。2年続けてヒナを巣立たせる様子をつぶさに見ていた経験があるのだ。
このとき、私は友人たちに「ボキャブラリーがあまりに貧困」と笑われながら、このヒナにヒヨドリの子だからと「ヒヨ子」と名付け、巣立ちまで見届けたので、今回のヒナもまたそう呼ぶことにしていた。そうこうするうちにチチチ、チチチというかわいい声が聞こえてきた。ヒヨ子の誕生である。
だが、枯れ枝を運んでくる巣作りのころから、テラスの柵と巣の位置が近すぎる、もう少し高い方がいいんじゃないかと思っていたのだが、鳥のすることにまさにクチバシを挟むわけにはいかない。しかし、それは残念ながら杞憂に終わらなかった。仕事先に妻から電話があって、夜半、バサッという大きな音がして、早朝、確かめに行くと、巣が糸杉から引っ張り出され、ヒヨ子の姿はなかったという。野良猫がヒナを狙ってジャンプしたのだ。
週末、帰宅すると枯れ枝を懸命に積み重ねた巣の残骸だけがあって、親鳥だろうか、ミモザの木の上から寂しげに巣のあとを見下ろしていた。
野良猫を憎んだり、恨んだりしても、それは詮ないこと。これも猫の習性なのだ。自然のなかに生きるものにとって避けようのないことなのかもしれない。あのトキにもコウノトリにも、これからは天敵のテン、イタチ、カラスとの戦いが待っている。つつがなく天空を舞って、と願うしかない。
ともあれ、私たちメディアにかかわるものの責務は、たとえ醜悪な政治であれ、事件、事故、災害の報道であれ、この国の国土が平和で豊穣で、生きとし生けるものが、その生を豊かに全うできる、それを願ってのものでなければならないとあらためて思う。
リビングのテレビから聞こえてくるNHKの7時の定時ニュースの音声は、アメリカの新型軍用機オスプレイが、わが日本の空をまるで自国の領空のように6ルートに分けて縦横に飛び回る。そういう飛行訓練計画が、とっくの昔にできていたことを伝えている。
(2012年6月25日)
コウノトリ情報(豊岡市)
http://www.city.toyooka.lg.jp/www/contents/1247133496338/
KankyoshoSado(Youtube)(ヒナの映像のライブ配信は終了)
http://www.youtube.com/user/kankyoshosado01/
インターネット自然研究所(環境省)
http://www.sizenken.biodic.go.jp/live/
オスプレイ&安全性(Yahoo!ニュース検索)
http://news.search.yahoo.co.jp/search?p=オスプレイ 安全性&ei=UTF-8